第2話

「……あら」


と、窓際から外を眺めていたお嬢様は呟く。


こちらを見つめる目と目が合った。

草を踏む音と一緒に、ひとりの青年が屋敷の門の前に立っていた。


夜露に濡れた髪は光る黒、涼やかな瞳は月光を掬ったように光り、全身から“場違いな現実感”を放っていた。

けれどその表情はすぐに戸惑いと困惑でいっぱいになって、まるで迷子の少年のように、門を開けてしばし立ち尽くす。


(どこ……ここ?え……ちょ、これユニバやないよな……?)


その呟きは誰に向けたものでもない。

けれど屋敷の奥にいたセラフの耳には、届いていた。


すぐにセラフは動いた。静かに門へと歩み寄り、外からの“異邦”の気配を確認するように、そっと声をかける。


「……旅のお方でしょうか。ここは“変容と感応”の地、常の理より離れた場所にございます。お怪我などは?」


(あ、いや……すんません。ていうか、喋られへんのに頭ん中声が……)


蒼莱そうらいの心の声が、静かに屋敷の空気に染み込んでいく。


(え、誰……この人。めっちゃ品あるやん。え、ていうかこの俺、ほんまにどっか飛ばされたん?……まじで夢か?)


セラフの眉が少しだけ上がる。


「内声の能力……“インナーボイス”をお持ちか。珍しいご気質ですね」


やがて、屋敷の中からお嬢様が姿を現す。

上品な部屋着に包まれた姿のまま、そっと扉の奥から現れた彼女を見て、蒼莱はふいに息を呑んだ。


(……誰やろ。どっかで会ったような気がすんねんけど……え、女優さん?共演したこと……いや違う、でもなんかこう、柔らかいというか、見てて落ち着くっていうか……)


「ようこそ、迷い人さん。こちらへどうぞ。お疲れでしょう?」


お嬢様は微笑みながら、蒼莱に手招きをした。


彼女には、目の前に立つ青年が、“かつて推していたアイドル”という事実を思い出させる手がかりも記憶も何もなかった。


この世界を選んでから、この桐谷蒼莱きりたに そうらいも記憶から無くなってしまっていたから…。

けれど、なぜだかこの青年が“ほっとけない”存在であることだけは、心の奥で感じていた。


セラフがそっと後ろから言葉を添える。


「……この方は、空を裂いて落ちてきた“星のしずく”――この世界が受け入れた、例外でございます」


蒼莱は困ったように頭をかきながら、お嬢様の後をついて屋敷へと足を踏み入れる。


(あかん……この人らに、オレの思ってる事みんな声で丸聞こえってこと? うわ、恥ず……)


(――あ、でも、なんか……ぬくいな)


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