『星の顔(かんばせ)を紡ぎたくて』

万華実夕

※本作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません

第1話

その夜、空は割れていた。


真夜中の庭園――咲き乱れるはずの薔薇が一斉に花弁を閉じ、風も止む。

静寂は、何かを迎え入れるための“間”に似ていた。


「……セラフ。空が、鳴いてる」


お嬢様が囁くように言ったその瞬間。

天頂を走ったのは一筋の青白い彗星だった。尾を引きながら、まるで涙のように煌めき、空に裂け目を残していく。


セラフが静かに膝をつき、低く声を漏らす。


「来ます――“外より来るもの”、この世界の律に属さぬ、気配です」


その言葉が終わるより早く、庭園の上空――薔薇のアーチの先に、ひとりの“青年”が降り立った。

艶を帯びた黒髪に、切り取られた星明かりを宿したような瞳。

肌は月光に透けるように淡く、薄く驚きを浮かべる唇には、この世界のどこにも属さぬ気配があった。


(――ここ、どこ?)


その声は、どこまでも現実の響きを引きずりながら、

それでいてこの世界に異常なほど“似合って”いた。


ALYXN:EON(アリュクスネオン)の

桐谷蒼莱きりたにそうらい――

現実に名を持つその者は、

彗星の裂け目から“感応”によって引き寄せられ、

この場所に、偶然ではなく、選ばれて“落ちてきた”。


お嬢様とセラフが見上げる中、彼はふわりと庭園に降り立つ。

足音はない。けれど、薔薇がふたたび花開き、風が戻ってくる。


(なんやろ…夢?……この景色と、誰かが呼ぶ声も…)


桐谷蒼莱きりたにそうらいの瞳が、お嬢様をまっすぐに射抜く。

その瞬間、セラフの眼に宿る“変容の色”が、かすかに揺らいだ。


この夜、感情が世界を揺らし、

世界が異邦を受け入れ、

青年は、何かに導かれて、星のように堕ちてきた――。

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