第29話 足手まとい
「遅かったな、お前ら。新人団員のくせに、俺様を待たせるとは、ずいぶんといい度胸をしてやがる」
二人の目の前にいたのは、部屋の中央で腕を組み、仁王立ちをする、小学生くらいの男の子だった。
「何コイツ、キモ」
男の子の横柄な態度を目にして、榊原はドン引きする。
「えっ、えーっと……。ボク?お姉さん達ね、団長に言われて、
美奈月が戸惑いながらも、男の子に優しく語りかける。
「はぁ?何言ってんだこのババアは」
男の子はゴミを見るような目で美奈月に向かっていう。
「ん゙ん゙っ!私、一応まだ十五歳なんだけどなぁ〜?
ッチ……重要文化財に認定してもいいくらいな美人の私に向かって、随分と生意気なガキね(小声で)」
「本音が出ているわよ、クソビッチ」
榊原が冷淡にツッコむ。
「俺様のことを知らないとは、なんて無礼な奴らだぜ。俺様がこのユスティア団の武器職人、青木蒼大様だ!」
「ぶ、武器職人?こんな小さい男の子が?」
美奈月はそのまさかの言動に思わず言葉を失う。
「てことは、団長の言っていた渡したいものって、武器かしら?」
対照的に榊原は、小学生が武器職人という事実には気にも止めず、冷静に分析する。
「その通りだ、そこの青髪クソメガネ。俺様がわざわざ、お前達みたいな下っ端のために時間をかけて作ってやったんだ。感謝しろ!」
すると榊原は、じっと疑念を帯びた視線を蒼大に向けながら「本当にあなたが作ってるのかしら?その小さくて細い腕で到底武器が作れるとは思えないんだけど?」と聞く。
「おい貴様!今、俺様のことを小さいって言いやがったな!それに、俺様はちゃんと『想像のピースストーン』の適任者だからな!」
「想像のピースストーン……?」
美奈月が蒼大に問いかける。
「はあぁ?お前、想像のピースストーンも知らないのかよ。まったく、これだから新人団員は使えない」
「ごめんね〜。私たちなんにも知らないから、その想像のピースストーンについて教えてほしいなー」
美奈月が一見優しげな口調をしながらも、顔をピキピキと引きつらせ、今にも怒りが爆発しそうな様子でいた。
「いいか?想像のピースストーンは、適任者が頭の中で描いたものを実体化することができる。つまり、俺様が想像した武器をその場で実体化して、作っているというわけだ。凄いだろ!」
「ふーん。でもそれって、あんたが凄いんじゃなくて、そのピースストーンが凄いだけなんじゃないの?」
関心が全くない様子で、榊原が髪を指先でくるくると巻きながらいう。
「んあぁぁぁ!このメガネうんこハゲ!お前はなんにも分かっていない!これは想像のピースストーンを使えば、誰でもできるわけじゃないんだよ!想像力が必要なんだよ!コツが!コツが必要!俺様がこの団を支えていて、俺様がいなかったらみんな武器がなくて戦えないんだよ!クソ!デブ!マヌケ!ブス!」
蒼大は地面に転がり腕や足をジタバタしながら、これでもかと榊原を罵る。
「はいはい、分かったから速く武器をよこしなさいよ」
榊原は的外れな悪口には気にも止めず、軽く流しながら話す。
「お、怜ちゃんもしかしてやる気出てきたの?」
「別に……私は早く訓練に参加して、武道を黙らせたいだけだし。私があんなバカよりも下なんて絶対に許せない。やるからには一番になる……。それが私のやり方だから」
「あー!もう決めた!お前には武器を渡さない!お前は俺様に対しての敬意がなさすぎる!そんな奴にあげるものなんて、一つもないんだよーだ!」
地面を強く叩き、蒼大は榊原の方を見ながら、下まぶたを引き下げて舌を見せつけた。
「ちょっ、ちょっと怜ちゃん。蒼大くん怒っちゃったよ!私たち武器を貰わないと訓練に参加できないんだから、ここは蒼大くんのご機嫌を取って謝ろう」
美奈月が小声で榊原に提案する。
「はぁ?なんで私がこんな子供相手に謝らないといけないのさ。知らないわよ」
「もー、怜ちゃん。謝らないといつまで経っても訓練が始められなくて、武道さんに先越されちゃうよ?」
「……それは嫌だけど、謝るのはもっと嫌だ。私、人に謝罪なんてしたことないし」
すると、榊原は蒼大の後ろにある、
「あれが、例のものね……」
「どうしたの、怜ちゃん?」
──スタッ!
その瞬間、榊原は蒼大の隙をつき、地を蹴って踏み込む。気づいた時には、榊原はすでに剣を取り上げていた。
「あ、泥棒!まだそれはお前のものじゃないぞ!返せー!」
「ごちゃごちゃうるさいわね。あんたがさっさと渡さないのが悪いんでしょ」
「うるせぇ!ババア!」
蒼大が剣を取り返そうと走り出した瞬間、榊原はサッと風のようにその横をすり抜け、そのまま軽やかに部屋の外へ消えた。
「待てぇー!逃げるな泥棒!」
蒼大がその後を小さな歩幅で一生懸命に追いかける。
「あ、怜ちゃん、蒼大くん、待ってー!」
美奈月も慌てて二人の後を追った。
* * *
「ハァ、ハァ……あいつ、なんであんなにすばしっこいんだ?クソぉー!新人のクセに生意気な!」
榊原の速度に蒼大はついていけず、二人の距離はみるみるうちに開いていった。
「大体、あいつは武器だけ手に入れたとしても、自分のピースストーンの能力を理解していないんだから、扱えるわけないだろ。後で、やっぱり使えないんで教えてくださーいって謝られても、絶対教えてやらないんだからなぁーだ!」
すると、榊原が左の通路へと曲がっていくのが、蒼大の視界に入った。
「ははぁん!あいつ、バカだな。あっちは行き止まりだっていうのに。よく分かってないのにユスティア内部を走るからだよ」
蒼大は少しペースを落としながら、ゆったりと榊原と同じ方向へと曲がる。
──タッタッタッタッタッタッ!
「チッ……こっちは行き止まりじゃない。……あいつも迫っているわね」
自分の進む先に道がないことに気づいた榊原は、足を止め、迫る蒼大の方へと身体の向きを変える。
「へへっ!ここまでだよ、ババア!」
それを見た蒼大も五メートルほどまでの距離まで近づくと、走るのを辞め、じわじわと榊原の方へと歩いていく。
「どうやらもう逃げ場がないみたいだな!おとなしく俺様の武器を返しやがれ!」
「あんたみたいなガキに私の邪魔はさせない。元々は私に渡す予定の物なんだからいいでしょ?それとも、私を追いかける暇があるほど、あんたはこの団に必要とされてないのかしら?」
「んあぁ!またそういうこと言いやがって!だから、俺様が居なかったらこの団は回らないって言ってんだろうがぁ!
クソババア、捕まえたらただじゃすまないからな!」
蒼大は怒りを露わにしながら、じわじわと榊原の方へと近づいていく。対照的に、榊原は間合いを広げようと、どんどんと後退る。
──コツン
やがて、背中が後ろの壁へとぶつかり、榊原の逃げ場が完全になくなった。
「ハァ、ハァ……怜ちゃん!」
二人に遅れて、ようやく美奈月もその場へと追いつく。
「怜ちゃん、一旦それを返して話そう?きっと謝れば、蒼大くんも許してくれるはずだよ」
「くっ……」
しかし、美奈月の説得に全く応じる様子のない榊原は、じっと蒼大を見ながら、ゆっくりと体の前に剣を構える。
「それ以上近づかないで。さっきの説明を聞く限りだと、あんたの持っている想像のピースストーンには、千歳や武道のように、直接的な戦闘能力は有していない……そうでしょ?」
「あ゙ぁー!俺様が一番気にしていることをそんなにストレートに言うなぁ!」
蒼大が榊原の声をかき消すかのように大声で喚く。
「やっぱりそうね、なんとなく想像がつくわ。だってあんた、足が遅すぎるし、間違いなくあんたなんかが戦ったら足手まといになるに決まってるわよ」
その一言が放たれた瞬間、二人の間の空気がぴたりと止まった。
「足手……まとい…………。ぐすっ、ぐすん」
すると突然、さっきまでの威勢は跡形もなくなり、蒼大はぽろぽろと涙をこぼし始める。
「ひぐっ……俺だって……俺だって、役に立てるんだからなぁー!!」
何を思ったのか、蒼大は榊原に向かって小さな右拳を振り上げ、衝動のまま突っ込んでいく。
「近づかないでって言ったでしょ!」
蒼大の動きに素早く反応した榊原は、反射的に剣を軽く振り下ろしてしまった、その時──
──ズサッ!──
剣の軌道に呼応するように、三本の氷柱が現れ、蒼大の頭上をかすめる。氷柱はそのまま勢いを落とすことなく、床へと突き刺さった。
「ちょっ、大丈夫?蒼大くん!」
美奈月が心配して、蒼大の元へと駆けつける。
「…………あり得ない。ピースストーンや武器の扱いを教わったことのない人間が、少し剣を振っただけで、技が出せるなんて。お前、いったいどうやって……」
自分があと一歩のところで大怪我を負っていたかもしれないという事実よりも、蒼大は榊原の突出した才能に動揺が隠せない様子でいた。
──タン、タン、タン、タン
「一体何の騒ぎだ」
ゆっくりと廊下に響き渡る足音と共に、騒ぎを聞きつけて現れたのは、副団長だった。
「あ、副団長!」
蒼大は即座に副団長の声に反応する。
副団長の視線は、瞬時に床へ突き刺さった氷柱へと吸い寄せられた。
「これは……榊原がやったのか?」
副団長が榊原に問う。
「そうだけど?」
「信じられない。こんなにも早く、ピースストーンの力を扱えるようになるとは……想定外だ。
蒼大、どうして一体、こんなことになっているんだ?」
「ぐっ、だって、こいつが俺に失礼な態度をとるから!」
蒼大が団長から目をそらしながら、榊原に指をさす。
「いつも失礼な態度をとっているのは蒼大の方だろ。お前に今一番足りないのは力ではなく、年上の人に対しての敬意と忍耐力だ。お前ももう十歳なんだから、少しは大人になれ」
そう言いながら、副団長は蒼大の肩に手を置く。
「俺様は……俺はもっと……強くなりたい」
「……お前はもう十分強い。俺はいつも、お前のことを近くで見ていたから分かる。
気持ちを切り替えて、美奈月にも武器を渡してやれ」
「……分かったよ、副団長」
──タッ、タッ、タッ
蒼大は渋々副団長に説得され、武器を取りに先ほどの部屋へと戻っていく。
「榊原、君の力はどうやら俺や安義真が思っていた以上に強大なものらしい。だから、意図的ではないとはいえ、自分の力の扱いには細心の注意を払うように」
副団長が低く静かな声で、榊原に警告する。それに対し榊原は、小さく、一つ頷いた。
「副団長さん、ありがとうございます。すみません、武器を受け取りにいっただけで、まさかこんなことになってしまうなんて……」
美奈月が榊原に代わって深々と頭を下げた。
「蒼大を許してやってくれ。あいつは、自分の力の限界を誰よりも知っている。それでも、あいつはこの団の力になろうと、武器職人を始めた。
いつも上から目線で、二人にもきっと酷いことを言っていたかもしれないが、全部それも自分の弱さを隠すためにやっているだけなんだ。だから、勝手なお願いですまないが、あいつの気持ちを分かってやってくれ」
「要は口だけは一丁前ってことね」
榊原がぼそっとこぼす。
「怜ちゃん、そういうこと言わない。蒼大くん、確かに口は悪いですが、この団に貢献したいという思いは人一倍強いことは分かりました。うまくいくかは分かりませんが、私たちも蒼大くんと良好な関係を築けるように頑張ります」
「あぁ、よろしく頼んだ」
──シュルシュルシュル
「ん?」
美奈月は何か異変に感づき、頭上を見上げる。すると、上の方から緑色の弓が手裏剣のように回転しながら落っこちてくるのが目に飛び込んできた。
「え、キャー!」
──ガコン!──
弓は弧を描きながら、美奈月のおでこに直撃した。
「ほら、それがお前の武器だ。作ってやった俺様に感謝しろ!」
戻って来た蒼大が両手を腰に当て、自信満々にいう。
「いててて……酷いなぁ。蒼大くん、これは問題児すぎるよ……」
* * *
「さて、二人とも来たところだ。さっそく、この特別強化訓練の詳しい内容について、話すとしよう」
ついに、リーサさん指導の特別強化訓練が本格的に始まる。この訓練を突破できるかどうかで、俺の今後のユスティアでの立ち位置も大きく変わる。絶対に突破しなくては!
「私の訓練はいたってシンプルだ。君たち二人の内、どちらか一人が私と戦い、私に一撃与えることだ」
「え、それだけでいいのかよ!なんだよ、めちゃくちゃ簡単じゃねぇか!よーし、じゃあさっそく私がこいつと戦って、さっさと訓練を終わらせてやるぜ!」
武道さん、随分と楽観視してるけど、リーサさんが俺たちにそんな生ぬるい試練を与えるはずがない。さっきの丸太を切る時のスピード。あれはまるで、瞬間移動でもしているかのような速さだった。もしかしたらこの試練は、想像以上に過酷なものになるかもしれない……。
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