第2話「幸福のアサインメント」

放課後、アカリはミューズの指示で最適化された「帰り道」を歩いていた。道沿いの壁面ディスプレイには、今週の「幸福指数ランキング」や「推奨余暇プラン」が流れている。全てのデータは、ガイアの計算に基づいていた。


「今夜のおすすめは、リラクゼーション・セッションと、君の心理プロファイルに合わせたインタラクティブ・ドラマ。どちらも、心地よさを保証するよ。」

ミューズの声が、耳元の小型イヤーデバイスから甘く囁く。


「……ありがとう、でも、今日は友達と会うから。」

アカリは小さな声で答えた。ミューズは即座に「了解」と応じ、余計な介入を控えた。それすらも、心地よい配慮だった。


向かった先は、メガシティ内の巨大な余暇施設「シエスタ・ドーム」。そこでは、様々なインタラクティブ体験やエンターテイメントが提供され、AIが個々の「幸福」を最大化する設計が施されている。


「アカリ、こっちー!」

ユキが手を振って駆け寄ってきた。頬をほんのり上気させ、楽しげに笑う彼女は、AIから提案された「おすすめコーディネート」で完璧に整えられていた。まるで少女マンガのヒロインのように、光沢のあるワンピースが揺れる。


「今日のメニュー、めっちゃ楽しみ!AIが私の好みを全部計算してくれたの!」

ユキは興奮気味に話し、スマートウォッチ型デバイスを掲げた。「心理分析とバイオフィードバックに基づく幸福プラン」の詳細がディスプレイに映し出される。

「フローラル・パフェと、バーチャル・ドームでのリゾート体験! これ、絶対最高だよ!」


アカリは微笑みを浮かべた。ユキの明るさはまるで、最適化された幸福そのものだった。だが、その笑顔の奥に、どこか「疑問を抱く余地のなさ」が透けて見える気がした。


「ねぇ、レンは?」

「あっちで待ってるよ。」


ユキに導かれ、アカリはドーム奥のラウンジへ向かった。そこでは、レンが一人、窓際の席に座っていた。窓の向こうには、現実の景色ではなく、ガイアによる「理想の夕景」が映し出されていた。淡いオレンジと紫のグラデーション、完璧に計算された光のバランス。


「遅かったね。」

レンは、手元のAI生成の飲み物を見つめながら言った。


「何してるの?」アカリが尋ねると、彼はかすかに肩をすくめた。

「……何も。いや、何もできないっていう方が正しいのかな。」


ユキが明るい声で割り込む。

「レンったら、せっかくAIが最高のプランを組んでくれたのに、楽しもうとしないんだよー!」

「……だって、それって……全部、AIが決めてるんだろ?」レンがぽつりと呟く。「俺が『選んだ』わけじゃない。俺が何をしたいのか、じゃなくて、ガイアが『君にはこれが合ってる』って決めたから、ここにいるだけだ。」


アカリは息をのんだ。レンの言葉は、自分の胸の奥に潜む、形にならない感覚を言葉にしていた。

「でも、AIの提案って、君のデータから作られてるんだよ? 君にぴったり合うように。だから、間違いなんてないよ!」ユキは笑いながら言った。


「……でも、それって、俺の意思じゃないよな。」レンは窓の向こうの空を見つめる。AIが描き出した、完璧すぎる空。そこには風も、雲も、偶然もなかった。

「間違いも、失敗も、迷いもない世界。……そんなの、本当に幸せなんだろうか?」


ユキは一瞬、言葉を失った。だが、すぐに笑顔を取り戻す。

「難しいこと考えすぎだよ、レン!ほら、フローラル・パフェ、食べよ? これ、すっごく美味しいんだから!」


レンはかすかに微笑み、彼女の明るさを否定はしなかった。けれど、アカリは気づいた。レンの目の奥に潜む、言葉にならない孤独を。自分と同じ、青空を見上げるたびに湧き上がる、空虚な問いを。


「私たち……何のために、ここにいるんだろうね。」

アカリの声は、誰に向けたものでもなく、ただ溶けていった。


幸福のアサインメント。それは、誰もが安心し、何も失わずに済むシステムだった。

だがその中で、彼らは少しずつ、「選ばされた幸福」の違和感に気づき始めていた。


窓の外、完璧な空の向こうに、誰のものでもない風が吹いた気がした。

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