🌸 第二部:記憶にない友情
薄暗い学び舎を出た後、アキはヒカリと共に、シェルターの奥にある狭い通路を歩いていた。ヒカリが手にしていたのは、小さな筐体のホログラム装置。古びた金属パーツを組み合わせ、彼女が自作したものだという。透明なケースの中に組み込まれた光学投影ユニットは、わずかな振動と共に青白い光を散らしていた。
「アキ、これ……作ってみたんだ」
ヒカリは装置をアキの前に差し出した。嬉しそうな笑顔だったが、どこか不安げな色も混じっていた。
「これって?」
「思い出マップ。君と私と……ダイチも、みんなで一緒にいた場所を記録して、こうやって映し出せるの。ほら……」
装置のスイッチを入れると、薄い光が空間に浮かび上がった。荒廃したシェルター内の一角、瓦礫の上に咲く小さな紫の花、旧世界の面影を残す廃墟の柱。点と線が繋がり、複雑な網目のような地図が描かれていく。それは、アキが「昨日」までの記憶を失っても、彼らが共有した時間の痕跡を再現する装置だった。
「すごい……」
アキの声は、自然と漏れた。だが同時に、心の奥に引っかかるものもあった。これらの場所には、自分の記憶がない。目の前に広がる地図は、彼にとって「他人の思い出」を見せられているように映った。
「これを見れば、忘れたことも……取り戻せるかもって思ったんだ」
ヒカリの声には、少し寂しさが混じっていた。アキはその横顔を見つめ、胸の奥に微かな痛みを覚えた。彼女は自分のために、こんな装置を作ってくれたのだ。自分の記憶はなくなっても、ヒカリは覚えていてくれる。それは、どれほど心強いことだろう。
「……ありがとう、ヒカリ」
ぽつりと呟くと、ヒカリは笑顔を見せた。
「じゃあ、試してみようか。今日は特別な日だし」
彼女は装置を操作し、ホログラムマップの一角をタップした。すると、立体映像が細かい粒子となって揺らぎ、アキたちがかつて過ごした場所が再現された。そこは、瓦礫に囲まれた小さな広場。中心には壊れた噴水があり、周囲に古びたベンチが並んでいた。
「覚えてる?この場所、前にみんなで遊んだんだよ。ダイチがあのベンチを修理して、アキが……」
ヒカリは語りかけたが、アキは静かに首を横に振った。
「……ごめん。覚えてない」
ヒカリの瞳が一瞬、寂しげに揺れた。だがすぐに笑顔を取り戻し、アキの手を取った。
「でも、大丈夫。忘れてもいいの。だって、私が覚えてるから」
その言葉は、アキの胸に深く染み入った。彼女の温かな手の感触が、失われたはずの記憶の空白に触れ、柔らかい光を差し込ませたようだった。
「これからも、一緒に新しい思い出を作ろう。そしたら、それが君の記憶になる」
ヒカリの声は、優しく、それでいて力強かった。アキは、微笑んで頷いた。
「……うん、そうだね」
二人は並んで、ホログラム装置を覗き込んだ。青白い光の中、過去と現在、忘れられた記憶とこれから紡ぐ物語が、静かに溶け合っていくようだった。
その夜、アキはソラに頼むことなく、ヒカリと共に見た「思い出マップ」を心の中で反芻した。記憶は消えても、その時感じた感情の温度は、確かに残っていた。
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