第29話 報告会の波紋

 官邸の廊下を歩く。革靴がカツカツと大理石の床に響く。妙に大きく聞こえる。緊張してるからだ。17歳の高校生が総理官邸の会議室に呼ばれるなんて、普通じゃない。手のひらがじっとりと汗ばむ。ハンカチで拭うけど、すぐまた湿ってくる。

 

 重厚な扉の前で立ち止まる。深呼吸する。冷たい空気が肺に入る。でも心臓の鼓動は速いまま。ドクドクと耳の奥で響いてる。

「急遽参加いただき、ありがとうございます」

 橘さんが扉を開けて、静かに俺を迎え入れた。優しい笑顔だけど、目は真剣だ。

 

 会議室に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。ピンと張り詰めた空気。全員の視線が一斉に俺に集まる。ジロジロと値踏みするような視線。背筋にゾクッと冷たいものが走る。テーブルには資料がきちんと並べられてる。分厚いファイル。データの束。参加者たちの表情は一様に真剣だ。眉間にシワを寄せてる人もいる。

 

 財務省、経済産業省、外務省。ネームプレートを見て分かる。それぞれの省庁から選ばれた官僚たち。みんなスーツ姿。ネクタイもきっちり締めてる。俺の制服姿が場違いに感じる。でも、今更どうしようもない。

「持ち帰った原油サンプルですが」

 橘さんが話し始める。

「分析の結果、かなりの高品質でした」

「硫黄分が少なく、精製しやすいタイプです」

「もし埋蔵量が予測を超えれば、日本にとって非常に大きな成果となります」

***

 橘さんが俺の方を向く。みんなの視線も追従する。喉が渇く。唾を飲み込む。ゴクリと音がしそうで怖い。

「そこで、上月君の意向を伺いたいと……」

 

 軽く頷く。自分の考えはあらかじめまとめてある。昨夜、ベッドの中で何度もシミュレーションした。でも、いざ口に出すとなると、言葉が詰まりそうになる。もう一度深呼吸。

「アルカディアでの石油利用は当分先になるでしょうし」

 声が少し震えてる。落ち着け、俺。

「環境への配慮を十分にしていただければ」

「日本国内で使用していただいて構いません」

 

 参加者たちの肩が少し下がる。ホッとしたような空気。全面拒否を恐れていたんだろう。でも、まだ続きがある。

「ただ……」

 俺の口調に慎重さを込める。ここが重要だ。

「無条件で日本に採掘権を渡してしまうと」

「他国からの圧力や干渉が避けられません」

 

 何人かが身を乗り出す。椅子がギシッと鳴る。

「その辺りは、日本側が私とWin-Winの関係を築く方法を」

「考えていただければと思います」

 

 言い切った。胸がドキドキする。生意気に聞こえなかっただろうか。でも、言うべきことは言わないと。

***

 経済産業省の役人が咳払いをする。ゴホンと。そして身を乗り出す。眼鏡が光る。

「では、具体的な採掘に」

「ご協力いただくという方向で」

「検討させていただけませんか?」

 

 一息つく。ここが最も重要な部分だ。事前に調べておいた法律の知識を使う時が来た。

「アルカディアでの採掘権は」

 ゆっくりと、はっきりと話す。

「日本の法律とは異なるという認識でお願いします」

 

 数人が眉を上げる。驚いてる。高校生がそんなこと知ってるのか、という顔。

「環境面への配慮も必須条件としますが」

「その点を了承いただければ」

「協力は問題ありません」

 

 日本では地主じゃなくて国が採掘権を持つ。でも、アルカディアは違う。俺の土地だ。そこをはっきりさせておく必要がある。堂々と視線を返す。びびってる場合じゃない。

 

 会議室に短い沈黙が流れる。シーンと。時計の秒針の音だけが聞こえる。カチカチと。役人たちが互いに目配せしてる。小声で何か囁いてる人もいる。

***

 経済産業省の役人が手元の資料をめくる。パラパラと紙の音。そして顔を上げる。

「それでは、新たな提案をさせていただきます」

 身を乗り出して聞く。

「採掘会社を新設します」

「権益の配分は、上月様が4割」

「企業体連合が4割」

「日本政府が2割」

「この形でいかがでしょうか?」

 

 頭の中で計算する。俺が最大株主。でも単独過半数じゃない。バランスが取れてる。

「土地は提供いただく形になりますので」

「上月様の出資は不要です」

 

 なるほど。よく考えられた提案だ。

「企業体連合というのは?」

「石油開発に関わる複数の企業による共同体です」

「技術力と資金力を結集して」

「効率的な開発を目指します」

 

 役人が身を乗り出す。もう一つ提案があるらしい。

「埋蔵量の推定には従来の調査を行いますが」

 言葉を選んでる。慎重に。

「上月様の魔法で正確に推定が可能であれば」

「さまざまな準備が迅速に進められます」

***

「そのため、一度UAEの油田を」

「直接ご覧になっていただけませんか?」

「埋蔵量比較にご協力いただければ」

 

 UAE? アラブ首長国連邦? 中東? 頭がクラクラする。

「UAE……ですか?」

 思わず聞き返す。

 

 役人が真剣な表情で頷く。

「はい、片道約10時間の空路になりますが」

「政府がビジネスジェットを手配いたします」

 

 ビジネスジェット。プライベートジェット。映画でしか見たことない。中東の砂漠。巨大な油田。テレビの向こうの世界。それが現実になる? 17歳の高校生には縁遠すぎる話だ。でも、こんな経験、人生で二度とないだろう。

「分かりました」

 即答する。

「夏休み期間中に行かせていただきます」

 

 言ってから気づく。今年の夏休みの予定。課題、受験勉強、アルカディア開発。そしてUAE視察。パンパンだ。頭を抱えたくなる。でも、もう決めた。

「ありがとうございます」

 役人たちが頭を下げる。

***

 橘さんが最後に口を開く。優しい目で俺を見ながら。

「上月君」

「この決断が日本の未来を大きく左右することになります」

「責任は重いでしょうが」

「我々も全力でサポートいたします」

 

 その言葉に、改めて自分の立場の重さを実感する。肩にズシンと重みがのしかかる。でも同時に、一人じゃないという安心感も湧いてくる。みんなが支えてくれる。

「よろしくお願いします」

 深く頭を下げる。

 

 会議が終わり、官邸を後にする。外に出ると、夏の日差しが眩しい。ジリジリと肌を焼く。額に汗が滲む。歩きながら考える。足取りは重い。ミスリル、魔石、原油。全部が俺の人生を変えていく。普通の高校生活なんて、もう望めない。

 

 でも、変化を恐れていても仕方ない。前に進むしかない。空を見上げる。青い空。白い雲。アルカディアの二つの月は見えないけど、地球の太陽が俺を見守ってくれているはずだ。……たぶん、きっと、大丈夫。

 

 ポケットの中でスマホが震える。美月からのメッセージ。『どうだった?』心配してくれてる。仲間がいる。それが一番の支えだ。

***

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