第二章:家康の焦燥と服部半蔵の暗躍

時を同じくして、東軍の総帥、徳川家康のもとにも、毛利家の動き、そして九州の動向に関する極秘情報が、秘密裏に届けられていた。家康の懐刀であり、闇の世界を統べる忍びの頭領、服部半蔵が、九州に潜伏させていた精鋭の間者から、黒田官兵衛の野望を的確に掴んでいたのである。


駿府城の一室で、家康は隻眼の半蔵と向き合っていた。蝋燭の灯りが、二人の影を大きく揺らしている。部屋には、微かな墨の香りが漂い、張り詰めた空気を象徴していた。


「半蔵、九州の報せ、間違いはないか?」家康の声は低く、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。老練な武将の顔には、深謀遠慮が刻み込まれている。


「はっ。間違いございません。」半蔵は感情の起伏を見せることなく、淡々と報告を始めた。「黒田官兵衛、隠居の身でありながら、この期に及んで九州の諸大名を次々と調略し、その勢力を広げております。『関ヶ原で徳川と豊臣方が相打ちになれば、天下は我のもの』と嘯いているとか。九州平定の暁には、毛利家をも攻め、西から天下を狙う腹積もりかと。」


家康は深く頷いた。官兵衛の動きは、彼にとってある種の「追い風」でもあった。毛利が九州の脅威に縛られ、関ヶ原に全力を出せないことは好都合だ。だが、同時に大きな焦りも生じさせた。もし官兵衛が九州を完全に掌握すれば、それは新たな脅威となり得る。いずれは奴と戦う羽目になるだろう。その前に、何としても天下を掌握せねば。


家康は重い息を吐き、決断を下した。「ふむ……官兵衛め。相変わらず抜け目のない男よ。だが、奴に好き勝手させるわけにはいかぬ。半蔵、この戦、何としても短期間で決着させねばならぬ。長引けば長引くほど、官兵衛の勢力は肥大化し、いずれは我らを脅かす存在となろう。」


半蔵は静かに頭を下げた。家康の脳裏には、小早川秀秋をはじめとする諸大名への調略を加速させる必要性が、より一層明確に刻み込まれた。金銭、領地、地位――あらゆる甘言を弄してでも、一刻も早く東軍の勝利を確定させねばならない。それが、家康の命運を分ける鍵となる。彼は、己の長年の夢である天下統一を目前に、そのために何でもする覚悟を決めていた。


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