第一章:西国の雄の苦悩と九州の暗躍
西軍の総大将として擁立されたのは、五大老の一人であり、西国の雄と称される毛利輝元であった。本来であれば、輝元自らが百戦錬磨の毛利軍を率いて関ヶ原へ赴き、総大将として西軍の指揮を執るべき立場にあった。だが、広島城にいる輝元の顔には、深い憂慮の色が浮かんでいた。彼の隣には、毛利家の外交を一手に担う切れ者であり、僧侶でありながら稀代の策士である安国寺恵瓊が控えている。
「輝元様、九州の動向は依然として不穏でございます。」
恵瓊は、各地から集まる報告書を輝元に差し出した。その紙面には、信じがたい、しかし看過できない情報が羅列されていた。
「これを見よ、輝元様。豊臣家の恩顧を受けながら、この期に及んで己の野心のみを追求する者どもがおる。中でも、黒田官兵衛の動きは看過できませぬ。」
輝元は眉をひそめた。官兵衛とは、かつて豊臣秀吉の天下統一を支えた稀代の軍師。彼が隠居して「如水」と号し、悠々自適の生活を送っていると聞いていた。まさか、こんな時期に再び歴史の表舞台に現れるとは。
「官兵衛が……?あの隠居したはずの黒田如水が、今になって何を企んでおるというのだ?」輝元は訝しげに尋ねた。
恵瓊は厳かな顔で告げた。「はっ。関ヶ原での大戦が勃発するや否や、官兵衛は密かに九州平定に乗り出しております。彼の狙いは、この大戦の隙に乗じて九州全土を制圧し、あわよくば西から我ら毛利をも攻め、天下を狙おうと画策しているとの情報が、続々と集まっております。」
輝元の表情が凍りついた。毛利家の背後に潜む、もう一つの脅威。もし毛利軍が関ヶ原に全兵力を投入すれば、手薄になった本国を官兵衛に攻められる危険性が高まる。
「官兵衛め、我らが東に向かった隙を突くつもりか!卑劣な真似を……。これでは、迂闊に本国を空けられぬではないか!」
総大将でありながら、自らは戦場へ赴けぬという、これほど苦渋の選択があろうか。西軍の精神的支柱となるべき輝元が、本拠地を離れられないという事実は、西軍全体に暗い影を落とすことになるだろう。彼は、己の不在が戦局に与える影響を重々承知していたが、毛利家の存続という、より大きな責任を背負っていた。
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