第2話 序章2
ほどなくして、“臨時評議室”として名ばかりの狭苦しいステンレスの詰所に、船内各所の代表が三々五々、集まりはじめた。
「おい、何だって今さら冷凍庫から目覚ましやがった? 今は何年だと思ってんだ、え?」
真っ先に声を荒げたのは、保安班リーダーの男、ハーランだった。彼の隣には、見た目にはほとんど変わらぬ義体兵が一体、音もなく控えている。
テーブルの向かいには、研究班のリーダー格、眼鏡の曇った若い男、ミオが座っている。隣の端末で何やら情報を走らせながら、口だけで答えた。
「だから、それを調べてるんですよ。セラ、報告を」
「了解。船内全域、制御系に不審なアクセスログ。該当時間帯に、コールドスリープブロックのロックが解除され、個体H-3242の冷凍が自動解除。過去のプロファイルと照合して……異常なし」
義体兵、コードネーム・セラが無機質に応じる。彼女は見た目は十七歳前後の少女だが、その声と目つきには温度がない。
「『異常なし』って、機械的に解凍されたってことか? 誰が? 何のために?」
「ログ上では……アクセス元不明。通信系統は一部閉鎖されています。ジャミングが内側から」
「ジャミング? まさか内通者でもいるってのか」
ざわめくメンバーたちの中で、最も冷静な声を上げたのは、医療班の主任、アマリだった。彼女は背筋をまっすぐに伸ばしたまま、机上に端末を滑らせる。
「それよりも問題は――“彼”が誰かを知っていたということ」
「……ああ」
全員が一瞬、言葉を飲み込んだ。そう、“彼”――青年・晴賀コウは、目覚めた直後に、シェルター内のある人物の名前を口にしていた。
「レア……レア・ナギサ、って……」
今や乗員名簿にその名はない。だが、古いアーカイブを辿ると確かにそこに存在していた。約百三十年前、最初期のコールドスリープ登録者の一人として。
「レア・ナギサ。旧地球圏での環境デザイン担当官。天才少女、らしいよ」
ミオが少し興奮気味に語ると、アマリはそれを咎めるように睨んだ。
「問題はそこじゃない。彼女は“計画から外れた”――それがなぜか、今になってまた記録から抹消されてる」
「幽霊が記録を操作するわけないだろ」
「じゃあ誰が、だ。まさか晴賀本人が、自分を含めて操作したって言うのか?」
「まて、まて。おまえら落ち着け。とにかく、そいつをもう一度ここに連れてこい。直接聞く」
「……あいにく、それが問題でして」
ミオが不自然に目を逸らした。
ハーランが睨む。
「……逃げたのか?」
「逃げたというより……ええと、ハッチごと開いて、ポッド湾のほうに向かったようで。念のため、ドロイド2体と追跡させていますが、彼、案外、身のこなしが良くて……というか、ドアをハッキングして閉めてるんですよ。かなり高等なやり方で」
「つまり、奴は“ノア号”のシステムに詳しい。旧時代の乗員じゃなきゃ無理なレベルだ」
皆の視線が再び、黙ったままのアマリへと向く。
「……もう一度聞こう。あの青年、晴賀コウは一体何者だ? そして、レア・ナギサとは何者だった?」
誰も答えなかった。
ただ、空調の音だけが低く唸っていた。
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