「……知らない天井だ」
目が覚めると、真っ白な天井が広がっていた。
「……知らない天井だ」
「あんたバカじゃないの?」
なんとなく呟いた言葉に反応があって、俺は思わず声の下方に振り向いた。
そこには椅子に座った、学校の制服を着たままのフィオナがいた。俺はといえば、どうやらベッドに寝かされているらしい。
「バカとはなんだ、バカとは」
「バカにバカって言っただけよ」
腕を組んで不機嫌そうに言うフィオナ。
俺はベッドから起きあがろうとして、全身の痛みに思わず呻き声を上げた。
「だからバカって言ってんのよ。あんた全身傷だらけの状態でこの軍病院に運び込まれたのよ? そんなすぐに起き上がれるわけないじゃない。最後地面に落ちていった、意識のないあんたをギリギリのところで拾い上げてくれた軍の人に感謝することね」
「そうか……それで俺生きてるのか。それは感謝しないとな」
大人しく力を抜いて、マットに身を預ける。痛くて起きあがろうにも起き上がれないし。
「ラドフォードは?」
気になっていたことをフィオナに聞く。軍の魔法使いの人に頼んではいたが、ラドフォードはどうなったのだろうか。俺より重症だったと思うんだが。
「カレナもこの病院に運び込まれてるわ。あんたよりも酷そうに見えたけど、もう起き上がって動けるようになってるわよ」
「そりゃよかった。……ところで俺ってどれくらい寝てたんだ?」
「三日ね。あんたが壊獣を倒してから、もうそれくらい経ってるわ」
「三日!? 俺そんなに寝てたのかよ」
今までの人生でそんなに意識飛ばしたことないぞ。やっぱ相当ギリギリだったんだな、あの時の自分。まぁ、そもそも飛行術式起動しながら四重も貫通術式起動するなんて、普通はしないしな。授業の訓練とか、実験の時だってそんな無茶はしなかった。
「俺のディスクは?」
「そこに置いてあるわよ。まぁ、オーバーヒートして最低限の機能しか使えなくなってるけど」
そう言ってフィオナはベッド脇の小棚を指さした。透明な賢者の石が嵌め込まれたディスクが小棚の上に置かれていた。外見上は特に壊れているようには見えないが、意識のなくなる直前に機能を停止していたので、そのまま故障したのだろう。
改めて自分がいる部屋を見渡す。病室というにぴったりな真っ白な部屋で、贅沢にも一人部屋だ。窓から太陽の光が差し込んでいて、今が昼間だと知らせてくれている。部屋には俺とフィオナしかいなかった。
「……そういえばなんでお前がいるんだ?」
そう言うと、フィオナは不機嫌そうな顔をますます不機嫌に歪めた。
「何よ、あたしがいたらいけないわけ?」
「そんなこと言ってないだろ」
「ふんだ! ……あたしは隊長だから、部隊員の面倒を見る必要があるのよ」
「そりゃご苦労さまなことで」
「本当よ! あんた、自分が死にかけたのわかってんの!? 今そうやって、いつもみたいに飄々と喋ってるけどね! 一歩間違ってたらあんた今ここにいなかったのよ!?」
大きな声を出して立ち上がるフィオナ。
「急にどうしたんだよ」
「どうしたんだ、じゃないわよ! あんた本当にバカね! あたしが、どれだけあんたのこと……!」
俺を睨みつけるフィオナの瞳から、雫が一粒溢れる。一度流れ始めたその涙は、止まらずに次々と瞳から頬を伝っていく。
「あんたが眠ってる間、気が気じゃなかった!」
「……すまん」
「こんな……こんな思いするくらいなら、あんたに変わらずにあたしが出ればよかった……!」
俺にしがみつくようにして掛布に顔を埋めるフィオナ。そんなフィオナに、俺は相変わらず「すまん」と謝ることしかできなかった。
「フィオナ」
でも、これだけは伝えなければと思って、フィオナに声をかける。
「……何よ」
フィオナは顔を上げずに声だけで返事をする。
「俺はお前が無事でよかったと思ってるよ」
俺がそう言うと、フィオナはおずおずと顔を俺に向けてきた。それから数舜何か言おうと口をモゴモゴと動かして、結局出てきた言葉は「あんたって本当にバカね」と言うものだった。
「そうだな……今回ばっかりは、俺もそう思うよ」
俺のそんな言葉に、泣いて腫れぼったくなった目でフィオナは笑った。
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