そうだな。本当にそうならいいんだけどな。

 一通り泣いて、泣き疲れたフィオナは「帰るわ。あんたも目を覚ましたし」と言って病室を出ていった。

 そして入れ替わりにラドフォードが入ってきた。簡素な入院患者が着るような服を着ている。頭や腕に包帯を巻いているのが見て取れた。


「よう。無事だったみたいだな。あの時はありがとな」

「私は任務を果たすために行動しただけ」


 ベッドの近くまで来て、立ったまま言葉を交わすラドフォード。


「それでもだ。俺はラドフォードに命を救われたんだ。……椅子に座ったらどうだ?」


 そう言うとラドフォードはさっきまでフィオナが座っていた椅子に腰掛けた。


「動けるようになったら俺から礼を言いに行こうと思ってたんだが」

「あなたはまだ動けないから」

「動けるようになったらって言っただろ」


 会話が止まる。ラドフォードは相変わらずの無表情で俺を見つめてくる。

 なんだろう……何か用があったから来たのではないのだろうか。


 そう思っていると、再びラドフォードが口を開いた。


「あなたにはもう一度伝えておこうと考えた。だからここに来た」

「もう一度……? あっ」


 もしかして壊獣と戦う直前に言ってた私はアンドロイド云々って話のことか? あの後の出来事のせいですっかり忘れてたが、なかなかに衝撃的なカミングアウトだったな、そういえば。


「もう一度伝える。私は壊獣を撃滅する目的で設計され製造されたアンドロイド。型番は2025QA1。個体識別名称はカレナ・ラドフォード。私が製造された文明が壊滅した後スリープモードに入り、五年前に再起動した」

「それってやっぱり、マジの話なのか?」

「あなたの言葉をそのまま使うなら、マジの話。そして私には、壊獣を撃滅する以外にもう一つの目的がある」

「もう一つ?」


 壊獣を撃滅するっていうだけでも相当な目的だと思うんだが、さらにもう一つあるのか。


「とある特定の存在を監視すること。現在、その対象はフィオナ・アインスタインとなっている」

「フィオナ……? もしかして、フルトの言ってたフィオナの願いを叶える力ってのが監視の理由になるのか?」


 ここでもフィオナか。……というか、三千年前に製造されたっていうアンドロイドが、なんで現代のフィオナを監視する必要があるんだ? 三千年前にもフィオナと同じ力を持った奴がいたってことか?


「彼女の力は世界を変える力。自らの意思で振るえないとはいえ、その影響力は甚大。故に動向を監視し、逐次報告するようにプログラムされている。……とはいえ、私にはもう監視した情報を報告する相手がいない。だから、監視は本当に見てるだけ」

「そうか……そりゃそうだよな。ラドフォードの話が本当なら、報告する相手なんて三千年前にみんないなくなっちまってるよな」


 俺の言葉にラドフォードは頷く。


「そう。だから、代わりにあなたに報告することにした。あなたはフィオナ・アインスタインから信頼されてるようだから」

「いやすまん、意味がわからないんだが」


 急に何を言ってるんだ? 俺にフィオナの生態か何かを報告されても困るんだが。


「彼女が暴走しそうになったら止めてほしい、それだけ」

「でもあいつ俺の言うことなんて聞かないぞ」

「今回は聞いた。本当に大事なことは、あなたの言葉に耳を傾ける」

「……」


 そうだな。本当にそうならいいんだけどな。


「……そういえば、怪我はもう大丈夫なのか?」


 なんとなく、話の流れを変えるために怪我の話をする。怪我が心配だったっていうのは本当だ。……露骨だったかもしれないが。

 ラドフォードは包帯で巻かれた腕を持ち上げる。


「大丈夫。体内のナノマシンがボディの修復を行なっている。本当はこの包帯も必要ない」


 そう言ってラドフォードは巻いていた包帯を取り外した。包帯を外した下から出てきたのは、擦り傷や切り傷などの痛々しい傷跡が残る腕だった。

 思わず「すまん」と謝るが、よくよく見るとその傷跡が急速に治っていくのがわかった。数十秒もすると、あれだけ痛々しかった傷跡が跡形もなく治っていた。


「……どうやら、お前がアンドロイドだっていうのは本当っぽいな」

「最初から嘘はついていない」

「みたいだな……」


 ループしてる人と、異世界人と、アンドロイドか……。こんなのが集まるなんて、これもやっぱフィオナの力のせいなのか? 誰がこんなこと望んでるんだか……。

 ——本当は、誰が望んでるかなんてこと、とっくにわかってたのかもしれない。だが、俺はそれを見ないフリをしていたんだと思う。


「やぁやぁシャン君! 目を覚ましたんだって?」

「ご無事で何よりです」


 突然病室のドアがガラッと開けられて、サクライ先輩とフルトが入ってきた。


「シャン、医者を呼んだからもうすぐ来るわよ」


 なんて言いながらさっき出て行ったフィオナも戻ってきた。

 急に騒がしくなった病室に、思わず笑みが漏れる。


 もう少しだけ。もう少しだけ、この光景を楽しんでいたいと思うのはダメだろうか——。

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生まれ変わって別の世界で全てをやり直す夢を見たっていい。そうだろ? Yuki@召喚獣 @Yuki2453

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