第二章 ロゼの決心・3

 竜は街に背を向け、どんどんと遠ざかっていく。

 私が過ごしてきた街が、あんなに小さいモノだなんて思わなかった。


「お母さん・・・」


 竜は丘を過ぎ去って大海原に飛んでいく。見慣れた景色が、小さくなっていくのを見ると、無性に、お母さんが恋しくなった。


「カーネなら大丈夫だ」


「なぜそう言い切れるの?お母さんは病気なの!私が悪いんだ。あんな仕事に手を出すから・・・」


 涙が溢れてきた。


「私が賞金稼ぎなんてするから、お母さんは・・・」


 泣き噦る私を横目に、テュールはため息をついた。


「そう思うなら、あまり御転婆は自重してくれと言いたいところだが、お前が賞金稼ぎをしていてくれたお陰で、少しこっちも助かっている」


「どういう事?」


「連中はもっと前からお前を狙っていた。遅かれ早かれこうなる事は目に見えていた。自分で身を守る術を身につけておくには丁度良かったから、カーネにもその事は話さずにいた」


「私を、監視していたの?」


 信じられない。私は職業柄、尾行の手合いには敏感な方だと自負していた。


「見守っていたと言って欲しい。君のつたない経験じゃ、俺を捲く事はできないよ。兎も角だロゼ。君はどちらにしても、軍事上の理由で狙われるのは明白な身だったんだ」


「軍事上の理由?」


 理由の一つが、私の持つ小笛。


 この笛は、音が鳴らない訳ではないらしい。

 実はものすごく大きな音がなるのだが、人に聞こえないだけなのだそうだ。


 正確には竜笛と呼ばれるこの笛は、かつては、というより今でも、重要な軍事兵器なのだと言う。


 そんなに危ない笛を、個人が所有していたら賞金がかけられても文句は言えまい。


 それなら、この笛を返すべきところに返せばいいと反論したが、

 もう一つの理由がそうはさせないと、テュールは続ける。


「お前が魔法使いだからだ。竜笛を手放したところで、追手は次々やってくるさ」


 テュールはそう言ったが、私には合点がいかなかった。


 魔法?私はそもそも、そんなものを使った事はない。火を起こす時はマッチを使っているし、水を使うときは井戸を使う。


 人を呪いたくなる事はあるが、カエルになってしまえと念じても、人はカエルにはならない。


「今説明したところで埒があかないだろうし、いずれわかる事だ」


 こんがらがった頭を整理する間も無く。竜が緩やかに降下をし始めた。


 進む先に船影が見える。ここから見ると小さいが、あれはかなり大型の船のようだ。


 通常の帆船とは違う、異質な形だ。前後に六門の巨大な回転砲台。マストのようなものはあるが帆が見当たらず、代わりに煙突からもうもうと煙を吐き出しているのが見て取れる。


 何より妙に思ったのが、船体の素材だ。鉄が、海に浮いている。


 船は見る見るうちに大きくなり、私たちは船尾のデッキに着艦した。

 竜の重みで船が大きく揺れる。


「副長がお戻りになられました。客人がお見えですので艦橋に御通しします」


 伝声管、というのだろうか。近くにいた船員が何やら連絡をしているようだ。


「よくお戻りで!こちらは、繋いでおくべきなのでしょうか」


「いや、そのままでいい。離艦させるから総員に対衝撃体制」


「はっ」


 テュールがそう言うと、男は再び伝声管を開いた。


「竜が離艦します。総員、対衝撃体制」


「お前も、海に落ちたくなきゃ、どっかに捕まれ」


 そう言ってテュールは、竜に何か指示をした。


 白銀の竜が船から飛び去った。風圧や重みでかなり船が揺れる。撒き散らされた潮が少し口の中に入った。

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