第2話:突然の 訪問詐欺/訪問買い取り には気を付けて!

 元々何か食べるものを買って帰るつもりだったが、衝撃的な邂逅に役所から何処にも寄らず帰ってきてしまった。


『ああ、ここが…の家なんだね…。そうだ!ねえ、君のこと、「琉ちゃん」って呼んでいい?』


「……好きにしろ」


 状況が、分からない。ため息が出る。

 姿も声も姉だが……違う。こいつは姉じゃない。


 姉は、琉樹の事を琉ちゃん、なんて呼ばない。

 琉、とだけ呼び捨てにしていた。

 同じ人格のワケが無い。

 だのに―――。


『このお掃除ロボット、毎日君に話しているみたいだね!何か君のために役立つ情報があれば教えてくれるように設定しておくね!』


 やけに、気になる。

 琉樹自身も知らない心の奥底で、何か引っかかるようで―――割り切れない。


『ところで私の名前、何になるのかな? 君は私をなんて呼んでくれるの?』


「……」


 時刻は18時を回ったところ。

 デバイスカードの中で問いかける姉の姿のAIにどう答えたものか頭を痛める。


 ピンポーン!


「すみませーん。沖さんのお宅でまちがいないでしょうかー?」


 マンションの呼び鈴が鳴った。

 応対用のモニターには、二人の人物が並び立つ。


「……そうですが、何か?」


 来客や宅急便の予定はない。


『……………』


 パーソナルAIは急に黙りこくり、様子を伺っているようだ。



 訪問者二人のうち一人は長身で、眼鏡の男性だ。解けば肩くらいまでありそうな髪を、後ろで一つに縛っている。

 もう一人は女性、髪はアイロンをかけ長さは鎖骨にかかるミディアム位。前髪が長く垂らされている。先ほど声をかけたのはこちらの方だろう。


「ああよかった。琉樹君だね? 今日、君が受けとったパーソナルAIデバイスカードの件で……市の役所の方から来たんだけど」


「…」


「ちょっとした手違いがあってね。それを回収しに来たの。明らかにおかしい、薄く作られたものだったでしょう?」


 どうやら相手は琉樹に配られたデバイスカードが奇態な物であることは知っているようだが、については言い及ばない。


「………そうすか。でも、んで。テキトーに、それと一緒にごちゃごちゃしてしてるんで…探すのに時間かかるけど、いいんですか?」


「ああ、いいですよ。幾らでも待つから、お願いね」


 琉樹は、嘘を吐いた。

 どう見ても怪しい。

 そもそも今はもう18時を回っている。役所の人間が、公務員がこんな残業をするわけない。

 今日の17時に身を持って経験し、世知辛さを知ったばかりだ。


(さてと。1…1…0っと)

 


 そして。

「あれー何処だー」とか「おっかしいなーホント、すんませんねー」とか言って協力的に探すふりをしつつ。

 ガサガサとなんとなく、それっポイ音を出してたら、遠くからうっすらサイレンが聞こえてくる。


「名護やん、あれ、パトカーじゃない!?」


「ああ、それがどうかしたの?アニー…ってまさか!!」


「こっちに向ってる」


「っ………琉樹君~~~~っ!!君ねえ!!まあいい!!……また来るわー!!」


 警察を呼ばれたことを察して、捨て台詞を吐いて一目散に駆けだした。

 怪しさ極まる訪問者は、無事退散したようである。

  ・

  ・

  ・

 自分が呼んだとは言え、警察の相手をするのは疲れる。

 ましてや保護者…父親が帰ってくる様子も無いことを知った警察官から受けた公僕らしからぬ同情のこもった目が、却って少年の心を引っ搔いた。

 余計な事を考える頭を振り切ったとたん空腹を覚え冷蔵庫を開けた。


 …だから冷蔵庫に何もないんだった。

 例えば冷蔵庫に何もなければそれを警告するような設定や、必要に応じて宅配サービスを自動発注してくれるような機能はついている。だが姉が生きていた頃はそんな機能必要なかった。そして姉が死んだ後に自分たちの暮らしを快適にするためのツールを使う気にもならないままだった。


『ごめんね、私が買い物とか出来ればよかったんだけど』

 デバイスカードの中で、姉の姿のAIが言った。

(AIが謝るような事じゃない)

 ………コンビニ行こ。

 琉樹は、靴を履いて外に出た。

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・


「アンタ、沖 琉樹…ヤな?」


 近道として通った小さな公園には人気ひとけが無かった。

 そこに入った瞬間、後ろから声をかけられた。

 どうやら尾けられていたようだ。


「……」


「黙っとるつう事ハ、間違いないッて事で……ええな?」


 相手は、琉樹よりも少し背が低い、帽子をかぶった少年だ。

 何だか、言葉の感じが少しおかしい。


「今日パーソナルAIのカード受け取っタやろ? 悪いことは言わん、ソレよこしイ」


 少年が、琉樹を睨みつけて言った。


(またあ?)


 一体なんなんだ。どいつもこいつも。俺のデバイスカードは一体何なんだよ。


「タダよりものは無イがな、だからってタダとは言わん。ホレ」


 言って少年は、背中にしょっていたナップサックを、琉樹に向って放り投げた。

 公園の微かなライトにその中身が照らされる。

 ……ざっと見て20本位はある札束が、乱雑に入っていた。

 21世紀半ば、経済の殆どは電子マネーで動いているが、現金の利便性は消えていない。


「どや? おとなしく売ってくレや。平和的になア。お前は無くしたとかなんとカ適当言っテ、再申請でもしたらええやろ?」

 ……ナップサックの中の現金は、「温泉旅行3泊4日食事付き」どころか5年位は余裕で温泉街に浸かってふやけてしまえる程に、詰め込まれていた。

 豪勢なことだ。


(ええーっと?)

 ………さて、今俺が置かれている状況を整理しよう。


 ①少しイントネーションがおかしい日本語 (関西弁?) を話す少年が

 ②ナップサックに詰め込まれた大量の現金を持ってきて

 ③俺に配られたばかりの、公的なパーソナルAI入りのデバイスカードを買い取りに来てる


 結論……もしもしお巡りさんポリスメン? (2時間ぶり2回目)

 犯罪臭しかない状況に対し、再び国家権力の助けを求め、ポケットの中の携帯端末を操作する。

 ちょうど呼んだばかりで通話履歴の一番上にあるはずだ。手探りでなんとか操作して、コールすることは出来るかもしれない。

 ――――だが

 ガシッ


「……ほーん」


 少年が琉樹の手をつかみ、ポケットに突っ込んでいた手を携帯端末ごと引き抜きチラリと一瞥する。

 運悪く、画面にはコールする直前の110が表示されていた。

 完全にこちらの意図は読まれていたようだ。


「悪いが、少シ、痛い目見てもらわんアカンなァ」


 ズルリと、おもむろに少年が赤い鉄の棒を取り出した。

 あ、見た事ある。あれは確か、パイプレンチだ。

 掴む長さを調節して、ギザギザの歯をかませて名前通り配管を回すためにある工具だ。

 ある意味有名なバール (のようなもの)に比べると、まだ携行していても言い訳が通じやすいのかもしれない。

 持ち手の尻部に空いた小さな穴には紐を通してある。

 尋常ならば、通す紐は落下防止用のゴム紐なのだろう。だが、少年が持っているそれに通っているのは編み込みのされた革ひもでずっと頑強そうだ。


 目の前の少年が、紐を持ってヒュンヒュンとパイプレンチを回して琉樹に滲みよる。

 流石に洒落にならない状況に、どうするか、一目散に逃げるか考えていたところで―――。


 ガッ

トッ!!?」

 突然、どこかから飛んできた革靴が、少年の頭を直撃した。


 靴が飛んできた方向を見る。

 そこに立っていたのは、先ほど琉樹を訪ねた怪しい二人組のうちの一人、眼鏡をかけた長身の男性の方だ。


「ッ~~~~~!!! 何や! お前、邪魔スンナやっ!!」

 少年が頭を睨みつけて吠えたてる。


 男は、バランスをとるために、もう片足の靴を脱いで少年に立ち向かう。

 少年はパイプレンチを握りしめ、ブンブンと振り回す。


 琉樹は見た。

 漫画やアニメで、『まるで攻撃がどこに来るか分かっているように躱す』なんて表現がされることがあるが、目の前のソレは全く逆だ。

 男はパイプレンチを振る少年の動きを、読んでなんかいない。

 寧ろ少年が手を振り下ろし始めてから、淀みなくシームレス動き、気づけば回避している。

 まるで蝶と芋虫。プロボクサーと一般人。二人の動作のスピード感はそれくらい違う。


 そのうちに男は片足を上げ、回し蹴りの要領で少年に打撃を与えた。

「ッ~~~~~~~ッ!!」


 琉樹は見た。見てしまった。脳裏に刻んでしまった。

 男が蹴ったのは、人体の真ん中。その一番下。

 つまり、その、人体急所の一つというか。

 …………憐れな少年は、股間を、思いっきり蹴られていた。


(うわ。白目剥いてる…。ちょっと…口から…泡、吹いてない?)

 痛ましい姿を見て、琉樹まで何だかナニか縮むような思いだ。

 先ほど少年が「少シ、痛い目見てもらわんアカンなァ」なんて言っていたが、彼自身がとてつもなく痛い目を見ることになった。

  ・

  ・

  ・


 暫くして、少年は、涙目でとてもとてもつらそうによろめきながら夜の闇に去っていった。

 警察とか呼ぶべきなんだろうけど、とてもそんな気分になれなかった。

 武士の情けだ。


「あら、もう終わった?」


 入れ替わるようにいつの間にか、訪問者のうちもう一人、女の方がやってきた。


「あ、名護やん。うん。もう大丈夫そう」


「そう。じゃあ」


 女は琉樹の方を向き、自己紹介する。


「初めまして。私は名護なご珊瑚さんご。こっちの図体でかいヤツは…北谷きたやアニーよ」


「よろしくっ! 琉樹君。アニーって読んでねー♪」


 アニーと呼ばれた男は、顔や体つきに比べて、どうにも子供っぽい。

 とても先ほどまで、俊敏な動きで大立ち回りして人物とは思えないほどだ。

 名前からして、どこか外国とのハーフなのだろうか。

 確かに、顔立ちは少し、古来からのアジア人と離れているようにも見える。


「私たちは2人とも、君の姉さん。美球さんの知り合い…という言い方も変ね。まあ、同じところで働いていた事は、事実かしら。ほら、アニー、アンタの携帯端末の中に、美球さんと映ってる写真とかないかしら」


 言われたアニーが、携帯端末を操作し、その中の写真を見せる。確かに彼がとったであろう写真には美球と名護が二人して何かの準備をしているようなものや、一緒に食事をとっている姿のものがある。

 ……家の外で、楽しそうにしている姉の姿を見て、なんとなく思うところが出てきた。


「何なんすですか。あんたら名護さん…とアニーは」


「美球さんは、会社である研究に協力してもらっていたのよ。事務職として入ってきていたけど、そこは色々守秘義務もあったのだろうし彼女は君らには何も言ってなかったと思うわ。私は、医者として彼女を担当していたの」


 どうやら、名護という女は医師のようだ。

 そういって、名護は何枚も束ねた紙を取り出した。

 長々と何枚も良く分からない事が書かれたページの最後には、良く知る姉の字で書かれた美球のサインと、有事の際の担当医師として名護の名前がある。


「まあ、今日のところは帰りなさい。デバイスカードの件も後でまた詳しく話をしましょう」


 名護が、正直今は事情を話しても事態が呑み込めないだろうと琉樹に伝えた。


「私はホテルに戻るわ。ただ―――」


 ただ、アニーをボディーガードとして傍に置くようにだけ、名護は琉樹に頼み込んだ。


 正直いきなり現れた得体のしれないやつを家に入れるのは躊躇われたが、今が少し異常な事態という事は理解していた。

 何だかよくわからないが、悪いヤツではなさそうだし。

 まあ、もうどうでもいいか。とにかく疲れた。


「そういえば、コンビニ行くところだったんだ。冷蔵庫何もないぞ」


 外出の目的を思い出し、これから買い物に行くことを告げた。


「コンビニか、コンビニね、コンビニは良いんだけど…ボク、お金持っていないよ」


 おい。どう見てもいい年した大人が、なんか言ってるぞ。

 こいつ、もしかして、自分でお財布持ってないのか?


「アニー…少し持たせておくから。なんか適当に買いなさいな」

  ・

  ・

  ・


 ちょっと出て、帰るつもりがだいぶ長くなった。

 ようやくマンションに辿りつき、アニーと二人、部屋に入る。


 ソファに座り、落ち着いたところで、姉の姿が入ったパーソナルAIの入ったデバイスカードが震えて通知する。


『そうだ琉ちゃん!言いたいことがあったんだ。結局私の事は、なんて呼んでくれるの?』


「……」


 正直、なんと言っていいか分からなくて黙り込む。

 姉の姿をした姉と言い切れない存在に対して、まだどういう目で見ればいいのか、琉樹は決めあぐねていた。


『…まあ、無理はしなくていいから、ね。でもこれだけは今言わせて』


(? まだ何か、伝えたいことがあるのか?)


『……Happy Birthday! 琉ちゃん!』


(―――――!!)

 バタバタしていて完全に忘れていたが。今日は、自分の誕生日だったんだ。

 デバイスカードの中のAI人格が、その事を知っていてくれた。


「……呼んであげたら?」


 アニーが、彼女の事を呼ぶべき呼び方を伝えるように促した。

 詳しい話は聞けていないが、彼もまた美球の知り合いだったのだろうか。


「………有難う、


 生前の美球に対してと、同じように――――カードの中のAI人格に向って呼んだ。















「あ、そうだ琉樹君。コンビニでケーキ買ってあったんだ。お金全部使ったぞ! 食べよう食べよう」


「アニー…さん。あ、ありが―――ってブン回すな!!崩れるだろ!!」


 歪な形になったケーキを食べる二人を、デバイスカードの中の美球が、何も言わず見つめていた。

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