第4話 家の中を探検!?
「エマお嬢様!! どうしてここに!?」
あっ! 見つかってしまった!!
ガーネさんが目を見開いて慌てている。この反応が想像できたから、こっそり一人で行動していたのに。
「何があるのか、気になってしまって……」
嘘は言っていないのに、また、思いっきり首をかしげられた。
言い訳を間違ったらしい。この場合は、何て言えばよかったんだ?
エマさんの記憶はかなり片寄っていて、ほとんどが婚約者のレオン・オルターンさんで埋まっていた。
エマさんは「レオン様」と呼んでいたらしいが、生憎、私は敬称に『様』を使う文化ではないので、心の中では『さん』呼びだ。
『様』呼びするような機会があったらどうしよう……。その時は、その時ね。
彼は男爵家の長男で、行く行くは爵位を継ぐ予定だとか。銀髪を長く伸ばして、後ろでくくっている美青年だ。
私にとっては「アイドルみたいな年下男子」くらいの感覚だが、エマさんはベタ惚れだったんだろう。だからこそ婚約破棄され、窓から身を投げたんだと思っている。
エマさんから
そんなことより本だ。
エマさんは本などには興味が薄かったようで、どんな本があるのか思い出せなかった。だから、家の中を確認しながら、図書室になっている部屋も覗いてきた。
こじんまりとしたスペースには、難しそうな分厚い本が数冊。それらは、読めるのか確認するのが怖くて開いていない。
もっと読みやすいものはないかと思って探していれば、取り出しにくい一番下の段に薄い本が押し込まれていた。この国の簡単な歴史や、領地経営の教科書らしい。落書きの残ってるような本もあった。問題なく読めたので、これで世界のことがわかるかもしれない。
本当はそのまま情報収集といきたかったのだが、優先順位が高いのは、世界のことより家の中のこと。
全ての部屋を記憶と照らし合わせながら、何があるのかよくわからなかったエリアに来てみた。
そこで、ガーネさんに捕まった。不審そうに私の行動を見ている。
仕方がないじゃない。わからないことだらけなんだから。
お風呂まではよく知っている。その隣は……、真ん中に大きな作業台があって、壁沿いにあるのはコンロと石窯だろうか。ということは、ここはキッチン。
次の部屋は、う~ん。何の部屋? 布が積み上げられているし、洗濯をする部屋だろうか。
その先には階段があって、上ろうとしたら止められた。
「お嬢様、その先は使用人の個室です」
「ガーネさんの部屋もあるんですか?」
なんとな~く、友達の家の位置を確認するくらいの感覚だったんだけど。
「ありますけれど、お嬢様、どうされたのですか!?」
思いっきり腰に手を当て、目を細めて私を見ている。
あまり、使用人については触れない方がいい? 他の使用人が、「頭でも打ってしまったのでしょうか?」とヒソヒソ話しているのが聞こえてしまった。まぁ、あまり変に思われても困るし、追々ということにしよう。
「ちょっと気になっただけです」
キッチンも気になる……。どんな食材と、どんな料理器具があるのだろうか。日本では一人暮らし。自炊もしていたし、少しはレシピも覚えている。
「お嬢様、お腹が空かれましたか? お昼は、もう少しお待ちください」
入ろうとしていたら、やんわりと止められてしまった。
「えぇ。そうね」
後ろ髪を引かれながらも、キッチンを後にする。
次は庭でも……。
ドン!! ガシャン!!
玄関の方から、重たいものが落ちて割れる音が響いた。家が揺れるくらいの衝撃に、慌てて音の方へ向かう。
「バサル様!!」
悲鳴にも似た声が聞こえた。
その名前は弟だ。何があったの!?
「バサル様! 一緒に謝りましょう」
「嫌だ!」
灰色の髪の少年が見えた。茶色い目は細く、エマさんとは似ていない。彼は母親に似ていて、エマさんは父親似だから。
たしか9歳だったはず。やんちゃなのか、膝には大きな継ぎ接ぎがある。空いてしまった穴を塞いであるようだ。
床に散らばったガラスから想像するに、玄関に飾られていた大きな花瓶を落として割ってしまったらしい。
従者であるラルードさんが謝らせようと説得していた。
「こちらは、旦那様が大切にしている花瓶で」
「うるせぇなぁ~」
バサルの茶色く細い瞳には、涙がたまっている。
パタパタと細かい足音が迫ってきた。
「バサル!! あなたって子は!? どうしてくれるの!!」
割れた花瓶を目にした途端金切り声を上げる母に、バサルは鼻を鳴らして顔を逸らす。
母は落ち着いた色のワンピースを着て、髪色はバサルとそっくり。目も細いが顎が細く尖っていて、厳しく冷たい印象に感じた。
母は顔色を悪くして小刻みに震えている。ラルードさんはおろおろと視線をさ迷わせている。
だんだんと高価な花瓶だったのではないかと思えてきた。そう思って花瓶を見れば、確かに色付けが細かくてきれいだ。
「どうもこうもねぇよ!! 母様は、俺のことなんて嫌いなんだろ!?」
こんな時でも『様』呼び!! なんて、驚いている場合ではなかった。その場の空気が冷えていく。
誰もが凍りついたように動きを止めた。
「そんなこと言う子は、出ていきなさい!!」
母の怒りが爆発した。顔を真っ赤にして、握った拳をプルプル震わしている。
「あぁ、出ていってやるよ!」
売り言葉に買い言葉。バサルはそのまま玄関に走っていく。玄関を通るとき、少しだけ振り向いた。
誰に向けられたわけでもない視線だったが、何かを訴えるような、すがるような目をしていた。
「ラルード。あんな子、放っておきなさい」
「承知いたしました」
女主人に言われたら、使用人は反論できないらしい。
ラルードさんは頭を下げて従ったものの、心配そうな顔を外に向けている。もう、じっとしていられなかった。
「エマお嬢様!! どこに行かれるのですか?」
ガーネさんが慌てて駆け寄ってくる。
「どこって? 決まっているでしょ」
「エマ!! あんな子、放っておきなさい。ガーネもよ!」
ガーネさんは、母の言葉で足を止める。
「放っておけるわけないでしょ!!」
だって、助けて欲しそうな顔をしていたじゃない。
まだまだ、親に甘えたい歳だろう。大人の庇護の元、健やかに過ごして欲しい年頃だ。
「エマお嬢様!!」
ガーネさんの声が響く。制止も聞かずに飛び出した。
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