第9話 記録されない夢

 目を閉じると、世界が軋む。


 光も、音も、現実も――すべてが“記録されない夢”の中に沈んでいく。


 リオは夢を見ていた。

 それは、過去の記憶。だが、明確な映像ではない。

 ところどころにノイズが走り、音声が切れ、焦点が合わない。


 だけど――確かに、そこには“自分”がいた。


 


 花が咲いていた。真っ赤な花。

 教室の床いっぱいに、血のように広がっていた。


 机が倒れている。

 子どもたちが、耳を塞いで泣いている。


 その中心に、自分がいた。


 口を開いて、叫んでいた。


『やめてって言ったのに――!』


 瞬間、世界がねじれた。


 ガラスが砕け、時計が止まり、教師が気絶する。


 そして、すべてが――黒く、塗りつぶされた。


 


「リオ!」


 蓮の声で、夢から引き戻された。


 目を覚ますと、彼の顔が至近距離にあった。

 額には汗、手には傷。

 どうやら、あの“回収装置”の部屋でそのまま気を失っていたらしい。


「大丈夫? 急に倒れたんだよ……!」


 リオは、ゆっくりと身体を起こした。

 背中には冷たい床の感触が残っている。


「……見たの。夢、じゃない。記憶」


 声は掠れていたが、確かに言葉として響いていた。


 蓮はそれを聞いて、黙って頷いた。


「ねえ、蓮。

 私……誰かを、壊したかもしれない」


 その言葉に、蓮の表情がわずかに動いた。


 だが、すぐに目を逸らさずに言った。


「たしかに、何かは壊れた。

 でもそれは……君のせいじゃない。

“力”がそうしただけだよ。誰かが、それを制御せずに放っただけ」


 リオは、その言葉を受け止めるように目を閉じた。


 そう。あのとき、誰かがいた。

 止めようとしてくれた人も、叫びを聞こうとしなかった人も。


 でも一つだけ覚えている。


 自分が声を出したとき、世界は変わった。


 それだけは、確かだった。


「ねえ、蓮。もし――

 私がもう一度、声を出したら。

 また、誰かを壊してしまうのかな」


「違う」


 蓮は、静かに言った。


「今度は、その声で誰かを救える。

 だって、それが――君の“正しさ”なんだろ?」


 その言葉に、リオはわずかに目を見開いた。


 夢の中では“記録されなかった”言葉が、今、確かに存在を持った。


 それが何より、温かかった。

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