第8話 回収装置

 深夜。ローランク・エリアの廊下は、昼間よりも静かだった。


 照明は自動で落とされ、足音ひとつすら吸い込まれるような重さが漂っている。

 だがその夜、リオは眠っていなかった。


 彼女はベッドから抜け出し、スリッパの音すら立てずに廊下を進んでいた。

 行き先は、数日前から気になっていた“あの部屋”。


 蓮がこっそり教えてくれた。

 ローランクの最奥、鍵のかかった倉庫室。


“夜になると、生徒が一人ずつ消えていく”――

 そんな噂が、この区画には昔からあったという。


 リオが立ち止まったのは、その部屋の前だった。

 扉には“施錠中”の電子ロック。しかしそれは、蓮から受け取った旧型のカードキーで簡単に開いた。


 内部は薄暗く、金属の臭いが鼻をついた。


 彼女は小さな懐中ライトを点け、中を進んだ。


 そこには――並ぶ無数の“装置”があった。

 機械仕掛けの椅子、コード、頭部を覆うヘルメットのような器具。


 記憶を消す装置。

 人格を“矯正”する装置。


 そして、その奥。


 一際大きな装置の下に、なにかが転がっていた。


 それは、丸められた名札だった。

 記録抹消された生徒のものか、あるいは――


“回収完了:R-07、R-11、R-14”


 装置のディスプレイには、そんな文字が淡く表示されていた。


 Rナンバー。それはローランク番号だ。

 今では誰も名乗らない、生徒たちの“番号”だけの名前。


 リオは、冷たい息を吐いた。


 ここは、“保管室”じゃない。

 ここは、“処分場”だった。


「……君も、来たんだね」


 その声に振り返ると、そこに蓮が立っていた。

 パジャマの上に制服の上着だけ羽織り、懐中電灯を手にしている。


「危ないって、分かってたのに……リオなら、ここに来る気がした」


 彼女は、何も言わなかった。


 代わりに、手にした名札を見せた。

 蓮はそれを受け取ると、静かに目を伏せた。


「……もう誰も、戻ってこない。

 ここで“記録”ごと、全てを削除されたんだ。

 名前も、存在も、“居たはずの事実”さえも」


 リオは、装置のひとつに手を添えた。


 ひんやりとした金属の感触。

 しかしその奥には、確かに“かつて誰かがいた”という温度が残っていた。


「次は、私だったのかな」


 その呟きに、蓮は強く首を振った。


「違う。もう、させない。

 君は“間違い”なんかじゃない。君がいなきゃ、俺は――」


 そのとき、扉のロックが音を立てて閉まった。


 赤いランプが点滅し、機械が唸りをあげる。


 二人は見つかったのだ。


 静かに、装置の一つが再起動し始めていた。

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