第四話 静かな非日常

 九条とともにエレベーターで四階へ上がると、そこには落ち着いた雰囲気の執務スペースが広がっていた。


 デスクにはそれぞれ私物が置かれ、ノートパソコンやモニターが整然と並ぶ。社員ごとに固定席があるようで、マグカップや写真立てがちらほら目についた。


 「このフロアは、私たちの業務スペースと社長室、あとは会議室がいくつかあります。まずは、市ヶ谷くんの席をご案内しますね」


 そう言って歩き出す九条に続きながら、市ヶ谷は周囲を見渡す。


 机は班ごとにまとめられており、よくある島型レイアウトでメンバー同士が向かい合うように配置されていた。中央には、全体を見渡せる位置にリーダー席と思しきデスクがある。


 「こちらが九条班の席です。市ヶ谷くんは、ひとまず私の隣に座っていただきます」


 案内された席は、九条の斜め右前。

 ノートパソコンとモニターが整然と並び、使用感はなく、まるで新品のように清潔だった。自分だけの机を持てたことに、思わず胸が弾む。


 九条のデスクは、予想通り整然としていた。書類の端がきちんと揃い、ペン立てすら美しく収まっている。整った並びに、几帳面な性格がにじみ出ていた。

 

 一方、市ヶ谷の右隣の席はというと――メモや書類が積まれ、いくつかは市ヶ谷のスペースにはみ出してきている。

 忙しい人が使っているのだろうか。


 (お隣さんは、かなり多忙なんだな……)


 混沌とした隣の席を見て思わず苦笑していると、九条が気づいたように声をかけてきた。


 「そちら、気になりますか?」


 「えっ、いえっ! ちょっとだけ、視界に入ったというか……」


 「散らかっていてすみませんね、このところ少し立て込んでいまして」


 「全っ然、全然気にしてないんで!」


 「そうですか。それはよかった」


 市ヶ谷が慌てて否定すると、九条はふっと小さく笑みを浮かべた。

 だが次の瞬間、声色が静かに変わる。


 「ところで市ヶ谷くん。異星人に対して、苦手意識や――トラウマのようなものはありますか?」


 突然の質問に、思わず背筋を正す。

 真剣な九条の眼差しに、軽く答えてはいけないと感じた。


 「うーん……大学を壊されたことで、鬼人族にいい印象はないです。でも、自分は直接襲われたわけじゃないので、トラウマってほどではないかなあって……。佐々木さんに助けてもらいましたし!」


 答え終えると、九条はうなずき、わずかに安堵したような表情を見せた。


 「それはよかった。というのも、実はその隣の席の持ち主が異星出身の方なんです。ですが、十三種族ではなく、ロスト・クランの方ですね」


 「ロスト・クラン……?」


 聞き慣れない言葉に、思わず市ヶ谷は首をかしげ復唱する。


 「百十年前、多くの異星人が地球に侵攻してきました。その中で、人類が和平を結んだのは十三の種族だけです」


 「えっ、じゃあ、それ以外にもいたってことですか?」


 「ええ。正式に存在を認められていない種族が、実はかなりいます。彼らは記録上“失われた種族”――ロスト・クランと呼ばれているんですよ」


 「そんなこと……学校では習わなかったです」


 「今はあまり、教えられていないかもしれません。侵攻初期、各国は必死に抵抗しましたが敵わず、不平等な条約を結ばざるを得なかった。そうして和平を結んだ十三種族“とは”、もう戦えません」


 「だから、ロスト・クランに人々の憎しみが向いた……ってことですか」


 「察しが良いですね。守られていない存在は、どうしても矛先になりやすい。特に混乱の時代では」


 ソラは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 和平が結ばれた裏側で、まだ争いは終わっていなかったのだ――そんな事実に、胸の奥がざわついた。


 「……そんなことが、あったんですね」


 「そうです。あまり耳障りのいい話ではありませんからね。今は、教育の中でもなるべく触れないようにされているのかもしれません」


 九条は口元に笑みを浮かべつつも、その声には少し乾いた響きがあった。


 「ですが実のところ、いわゆるロスト・クランの中には、侵攻地を巡って十三種族のどれかと争いになり、敗れて居場所をなくした……そんな例が少なくないようです。

 ――結局、異星人同士でも共存なんて建前で、やっていたのはただの縄張り争いだったというわけです」


 「えっ……」


 「今はなんやかんや異星人が主権を握っている世の中ですからね。人間による迫害ばかりが目立ちますが、彼らも決して潔白ではありませんよ。むしろ“異星人同士のほうが苛烈だった”なんて話も、耳にするくらいです。――まあ、彼らの中に仲間意識があるのかどうかは、私にはわかりませんが」


 市ヶ谷は、黙って話を聞いていた。


 今まで漠然と抱いていた「異星人との共存」というイメージが、少しずつ、じわじわと揺らいでいく――それでも目の前の九条は、淡々としていて、それがまた現実味を帯びていた。


 「その机の持ち主は“シダ”さんと言います。我々とも良好な関係を築けていて、とても博識で、話も面白いですよ」


 「そうなんですね……!」


 市ヶ谷の胸に、戸惑いと興味が同時に湧き上がる。

 そんな心情を察したように、九条は微笑んだ。


 「最初は混乱すると思いますが……大丈夫。私たちが生きているのは今です。目の前の人々に、心を向ければ、それでいいのです」


 静かで、優しい声だった。

 だけどその奥にある、かすかな寂しさが、現実の冷たさをそっと伝えてきた。


 市ヶ谷は、自然に「はい」とだけ返した。

 それでも、胸の奥に何かが残っているのを、自分でもはっきりと感じていた。


 そんな空気をふわりと切り替えるように、九条が軽く手を打つ。


 「暗い話になってしまいましたね。さあ、未来の話をしましょう」


 表情も声も、やんわりと明るさを取り戻していた。


 「市ヶ谷くんにはやることがたくさんありますよ。まずはパソコンの設定、それと支給品の受け取り、事務手続き……コンプライアンス研修もありましたね


 それが済んだら、皆で昼食に行きましょう。この辺は、良い店が多いんです」


 「は、はい! よろしくお願いします!」


 「パソコンと支給品は私のほうで対応します。研修は野崎くんが担当なので、あとで会議室をご案内しますね」


 ゆるやかに、それでも確かに。新しい一日が動き出している――市ヶ谷はそう感じた。

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