第三話 はじまりの輪郭
「じゃあ、まずは私からな。改めて、
にかっと笑う佐々木の明るい声に、会議室の空気が軽くなる。
歯を見せて笑う無防備な仕草が、そのまま人柄を映しているようだった。
市ヶ谷の胸に張りついていた緊張も、ほんの少しだけほどける。
「私も、改めまして、
これから市ヶ谷くんにも、手伝っていただくことになるかと思います。よろしくお願いしますね」
物腰は柔らかく、所作も声も丁寧そのものだった。
その上品で穏やかな雰囲気に、市ヶ谷の気持ちがすっと落ち着いていくのがわかる。
(会社って、人間関係が一番大事って聞くけど……九条さんが上司なら、なんとかやっていけそうな気がする)
「では、市ヶ谷くん。自己紹介をお願いできますか?
市ヶ谷くんがどんな方なのか、皆に知ってもらいましょう」
「あっ、はい!」
突然の振りに少し驚きつつも覚悟を決めて、前を向く。
「
物心ついた頃から施設で育っており、両親はいません。
そのぶん生活スキルだけはちょっと自信があります。
これから一生懸命頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
言い切った瞬間、会議室に小さな拍手が起こった。
その音が、じんわりと胸の緊張を和らげてくれる。
(……ちゃんと話せた。それに、歓迎してもらえてる。大丈夫)
「うん、いい自己紹介だったな。次、青、頼むぞ」
佐々木の声に促され、野崎が立ち上がる。
「ボクは
奇しくも市ヶ谷と同じく、施設育ち。だから……ちょっと親近感湧いちゃった。これからよろしくね」
さらっと言ったその一言に、市ヶ谷の目が見開かれる。
(えっ、野崎さんも……?)
勝手に“育ちのいい人”だと思っていた。所作も態度も、まるで別世界の人みたいだったのに。
(あの美しい所作は、どうやって身につけたんだろう)
厳しい施設にいたのか、それともそのあと、九条のような紳士に導かれてきたのか。
察しの良さや、時折見せる鋭さの理由が、少しだけ分かった気がした。
(見た目や態度に反して、すごく苦労してきた人なのかもしれない)
そんなことを考えていると――
「よし、次は
佐々木の声が空気を切り替える。
「
長い前髪で目元を隠した陰気な男性が、ぼそぼそと呟くように話し出す。
「その、まだ危険かもだから……市ヶ谷くんは、関わらないかも……」
か細い声、おどおどとした態度。けれど、広い肩幅とがっしりとした腕が妙にアンバランスだった。
(ギャップ系の強キャラ? ……いや、いやいや)
心の中で苦笑しつつも、なんだかワクワクしてしまう。
あの控えめな態度の奥に、何かすごいものが眠っているような気がした。
「んじゃ、ラストは清司な」
佐々木の合図に、丸坊主の青年がゆっくりと立ち上がる。
ピアスが照明を反射してギラリと光った。
(やっぱコワイ……)
身構える市ヶ谷。だが、その第一声は意外なものだった。
「
落ち着いた、静かな低音だった。
「雨戸班で、雨戸サンと……今日は来てないけど
……市ヶ谷ソラ。これからよろしくな。仕事は、正直キツいときもある。けど――俺たちで、この国を少しでも良くしていこう」
(……え?)
口元のピアスも、鋭い目つきも、すべてに怯えていた自分が、恥ずかしくなる。
「あっ、はい! よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、心の奥がほんのり熱を帯びた。
(……こんなにしっかり挨拶してくれるなんて。人を見た目だけで決めつけちゃダメだ……)
横を見ると、野崎が肩をすくめ、あきれたような顔でこちらを見ていた。
(な、なんだよ……そんなに見なくてもいいだろ)
その視線は「バレバレだよ」とでも言いたげだった。
「はいはい、みんなありがと。これで自己紹介は終わり!」
佐々木が軽く手を叩いて締めくくる。
「ほんとは、もうちょい社員いるんだけどさ。今は別件だったり……まあ、サボってるやつもいるし?」
(サボり!?)
心の中で驚きつつも、事情があるのかもしれないと納得しようとする。
(顔と名前、それに誰がどの班で何をしてるのか――まずはそれを覚えなきゃ。今の自分にできるのは、それくらいだから)
そんなふうに気を引き締めたそのとき。
「で、“サボり”の切里だけどさ、今日は絶っっ対来いって私言ったよな〜?」
佐々木が腕を組んで、雨戸に詰め寄る。
「き、切里さんは……その……えっと……あっ! その、夜勤だったから……」
「お前さあ、いい加減切里庇うのやめろ!」
言い訳になっていない言い訳に、佐々木が呆れたようにため息をつく。
けれどその口調には、どこか“いつものこと”といった諦め交じりの親しみがあった。
(……仲いいんだな)
会話の端々から伝わる、奇妙なやさしさと一体感。
(不思議と、ギスギスしてない)
思ったよりずっと、温かい空気が流れている。
まだ完全に馴染めたわけじゃない。でも、ほんの少しだけ――
(ここにいても、いいのかもしれない)
そう思えた。
「さて」
九条がゆったりと立ち上がり、市ヶ谷の方へと歩み寄る。
「それでは市ヶ谷くん、仕事についてざっくりご説明しましょう。
四階の執務スペースへご案内します」
その丁寧な言葉に、市ヶ谷は思わず背筋を伸ばしていた。
――新しい一日が、ここから静かにはじまろうとしていた。
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