第2話 職業勇者

 ふへ、ふへへ、魔王を倒したら、いったいどんな事をして貰えるんだろう。おっと、涎が。

 ここはどこだろう。丘の上?


 辺りを見渡すと、正面に街が見える。街から九時の方向に森。街から森に向かって街道のようなものがひかれている。

 背後には一本だけ大きな木がぽつんと立っていた。その傍らにウエストポーチが置いてある。


 ポーチを開くと、小袋に入った薄紫色の小さな石と短剣、そして、手紙が入っていた。


『拝啓 木々の緑が眩しい今日このごろ、星宮様におかれましては、ますますご健勝のことと存じ上げます。この度は、私の依頼をお受け頂いた事、厚く御礼申し上げます。

 依頼につきましては、危険の伴う内容となっておりますが、私の立場上過度なお力添えはいたしかねます事をご了承頂ければ幸いです。

 しかしながら、見知らぬ土地での生活で不安も大きい事と存じます。そこで、ささやかではございますが、下記の品を送付いたしますので、ご笑納ください。

 星宮様の無事の御帰還、心よりお祈り申し上げます。 敬具

 一、月の短剣 二、月の護石 以上』


 もの凄いビジネスな手紙だった。これ、本当にあのエッチなお姉さんが書いたのか?

 まあいいや。月の短剣に月の護石か。よく分からないけどなんか凄そう。くれるというのなら貰っておこう。


 私の格好は制服のままだ。ブレザーの中でウエストポーチを肩にかけ、短剣はブレザーの内ポケットにしまう。護石は紐が付いていたから首にかける。


 取り敢えず、街に向かうのがいいかな。

 ふへへ、サクッと魔王を倒して、続きをしてもらうぞー。



 街は高い外壁に囲まれていた。

 丘の上から見えた三つの門のうち、森へ続く街道が伸びる門に向かった。


 街に入るには何やら審査があるようで、結構な列ができている。


 身分証とか持ってないけど大丈夫かな?


「次。変わった格好だな。旅人か?」

「まあ、そんな所です」


 甲冑を身につけ槍を持った門番が、私の体をジロジロと無遠慮に眺める。

 てか、普通に日本語だ。


「まあいい。スコアを出せ」

「スコア?」


 何だそれ? そんなの持ってないぞ。


「後が詰まってるんだ。早くしろ」

「あのー、そのスコアってやつ、持ってないんですけど」

「は? 何を言ってるんだ? 念じれば出るだろ。早くしろ。それとも、見せられない理由でもあるのか?」


 念じれば? お前が何を言ってるんだ。まあ、やってみるか。


 スコア。


 ヴゥン。


 なんか出た! こわ! 何これ? 立体映像? 私の名前が書いてある。


「ふむ。犯罪歴は無しか。職業は勇者? なんだそれは?」

「あははー、旅人みたいなものです」


 え、待って。何、職業って。もしかして、これから職業を聞かれたら、勇者です、て答えるの? 恥ずすぎるでしょ。


「まあ、問題はないな。では、通行料500マーニだ」


 なんだよマーニって。日本語なら通貨も円にしろよ、まったく。

 はいはい、500Mね。て、お金なんて持ってねーよ!

 あれ? 詰んだ? 私、街に入れない? もしかして、セレーネさん結構鬼畜?


「すいません、今手持ちが無くて、後で払いにくるので、通して貰う事ってできないですかね?」

「できるわけないだろ。だが、そうだな」


 門番はニチャァと気持ち悪い笑みを浮かべる。


「金がないのなら、体で払って貰うしかないな」


 はあ、これだから男は。いくら私がナイスバディだからって、それはないだろ。スコアってやつには犯罪歴が載るらしいな。ちょっとお前のスコア見せてみろよ。


 さてどうしたものか、と頭を捻っていると、パカパカと馬っぽい足音が聞こえてくる。

 そちらを見ると、二頭の馬に引かれた豪華な馬車が、私の目の前で止まった。


 魔法で発展してるって言ってたけど、車はないんだ。


 御者さんが屋形の扉を開けると、中から銀髪の美少女が降りてきた。

 純白のドレスに身を包む美少女は、多分私と同い年くらいだろう。


 薄紫の瞳を私に向けると、柔らかく微笑む。


「何かございましたか?」


 聞き心地の良い落ち着いた声音が耳朶を打つ。


「えっと、どちら様ですか?」

「貴様! この方は」


 言いかけた門番を、美少女は片手をあげて制する。

 両手でスカートの裾をつまみ、右膝を曲げ左足を後ろに引く。カーテシーというやつだ。美少女がドレス姿でやると、とても絵になる。


「わたくしは、このファストの街を治めるヴィユノーク子爵家が次女、ステラ・ヴィユノークと申します」

「あ、どうも。私は星宮月希愛です」


 ふむふむ。これはあれだ。この後、この子の乗った馬車が盗賊に襲われて、それを私が助けるんだ。知ってるぞ、私は詳しいんだ。


「お騒がせして申し訳ございません、ステラ様。この者が通行料を払えないと言うので、追い返そうとしていた所です」


 おい、お前。体で払えとか言ってただろ。


「そうですか。スコアは確認しましたか?」

「はい。犯罪歴はありませんでした」


 ヴィユノークさんは頷くと、私の方に向き直る。


「ルキアさん、わたくしの頼みを聞いて頂けるのであれば、通行料は立て替えても構いません」

「頼みですか?」

「はい。詳しくは屋敷で説明させて頂きたいのですが、来て頂けますか?」


 よく分からないけど、美少女の頼みを断るなんて選択肢はない!


「分かりました。私に任せて下さい!」

「ふふ、ありがとうございます」


 笑われた。なにゆえ? 可愛いからいいけど。


 ヴィユノークさんは私の分の通行料を門番に渡す。ヴィユノークさんが離れた後、門番は私を見て舌打ちした。


 よし、体で払えって言われた事、ヴィユノークさんにチクってやろう。

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