吸血鬼と男のギャグコメ珍道中

@KitawagaMazuma

吸血鬼と雑魚

駆け出し冒険者が最初に訪れるため、そう呼ばれるようになった『はじまりの森』

出没するモンスターのレベルは低く、ゴブリンすらほとんど出ない。

「はぁ!はぁ!はぁ!追いつかれる」

にも関わらず駆け出し冒険者の男は上級モンスターである吸血鬼に追われていた。

男が逃げる背後に歌うような澄んだ声がかか?。

「さっさと諦めて血を吸わせるのじゃ!」

男は嘆いた。何故こんなことになってしまったんだ、と。

「そもそも今は昼でしょう!」

一般的に吸血鬼は日光に弱いというのが通説である。

「ワシレベルになると日焼けもせんわ」

「無いとダメだろ弱点は!」

森を抜けるにはまだまだ時間がかかるが、男の体力は既に限界が近かった。

「もう体力切れか?貧弱じゃのう」

吸血鬼は男と同じ距離を走っているにも関わらず、随分と余裕そうであった。

「くっ!追いつかれるくらいなら……!」

男が走るのをやめ、相対すると吸血鬼もピタリと止まった。男は改めてその姿を確認する。

腰まで伸びた銀髪に整った顔、病的に白い肌。赤い瞳が特徴的だ。

そしてあれだけ走ったにも関わらず汗一つかいていない。

「なんじゃ、やっとやる気になったか。今は苦手な昼じゃからのう。負けてしまうかもしれんのう。」

負けてしまう、という言葉とは裏腹に余裕そうにニヤッと笑う吸血鬼。

かかってこいと言わんばかりに手をクイクイッと動かし挑発的な目を男に向けていた。

事実上の挑発である。

「やるしかないですね……!」

背中から剣を抜き吸血鬼に斬りかかろうと走り出した。

「うおぉぉぉ!」

全身を貫くようなプレッシャーに男の体は震えた。目の前の吸血鬼から溢れ出す圧倒的存在感に足が竦みそうになる。だが、その恐怖とは裏腹に、男の意識は研ぎ澄まされ、一点に収束していく。男は今までにないほど集中していた。

(ほほう、素晴らしい集中力じゃ)

吸血鬼は少し身構える。

自らの生死がかかった極限状況での集中。それにより、もう男には吸血鬼しか見えていなかった──

そして、完璧に研ぎ澄まされたその視界の端にも映らなかった足元の小石に、派手に転倒した。




「え?」

ズサーーッと、ヘッドスライディングの体勢で滑り込んでくる男を見て吸血鬼は素っ頓狂な声を上げた。


「…………」


「…………」


「ぐわぁぁぁぁ!」

「いや何もしとらんぞ!?」

思わず叫ぶ吸血鬼は叫んだ。

「くっ。流石は吸血鬼、やはり手強い」

男はゆっくりと立ち上がり剣を構え直す。どうやら、今のはなかったことにするつもりのようだ。

「いまワシ何かしたか?まぁいい、気を取り直して。さぁどこからでもかかってくるが良い!」

仕切り直してくれる、意外と優しい吸血鬼であった。

「さぁこい!」

「うおぉぉぉ!」

男は剣を振り上げ吸血鬼に斬りかかろうと走り出した。

自らの生死がかかった極限状況での集中。それにより、もう男(以下略


そして足元のバナナの皮に気づかず滑って転んでしまった。


「なぜこんな所にバナナの皮があるんじゃ!?」

叫ぶ吸血鬼の足元でうつ伏せになるように男は倒れこんだ。

「…………」


「…………」


「ぐわぁぁぁ!」

「またワシなんかやっちゃいました!?」

なぜあんな所にバナナの皮があるのか吸血鬼には理解が出来なかった。

呆然とする吸血鬼に男が叫ぶ。

「くそっ!小細工なんて卑怯ですよ!」

「仕掛けとらんわ!今の流れでお主には小指だけで勝てることを確信したわ!」

吸血鬼はあることに気づいた

(こ、コイツ!滅茶苦茶弱い!!)


「さてはお主滅茶苦茶弱いな……?可哀想になってきたぞ……。殺す気も失せた、ほら、立てるか?」

なんだか可哀想に思えてきた吸血鬼は男に歩み寄り手を差し伸べる。吸血鬼の優しさに男も戦意を喪失し、手を握──らなかった。

「……バカめ!油断したな!」

男の前で屈み込む吸血鬼に、男は素早く飛び起き、剣を振るう。

手を差し伸べられても平気で斬り掛かるクズであったのだ。

誰が見ても完璧な不意打ちに吸血鬼も己の失態に気づく。

「しまっ──」

時すでに遅し、剣は吸血鬼の目の前まで迫っていた。しかし、その剣は、しかし吸血鬼の鼻先すら掠めることなく、虚しく空を切った。

「おい……」


「…………」


「…………」


「ぐ──」

「もうええわ!!」

吸血鬼は男を蹴り飛ばした。

「ぐわぁぁぁ!」

男は20メートルほど吹っ飛び、茂みに突っ込んだ。

「はっ、しまった!大丈夫か!?」

自ら蹴り飛ばした男の元へ、パタパタと駆け寄る吸血鬼。

先程まで襲おうとしていた者の行動とは思えなかったが、吸血鬼にとってこの男は既に可哀想な存在へとランクダウンされており、弱者を甚振るのは吸血鬼の趣味ではなかった。

男の元へたどり着いた吸血鬼は直ぐに怪我の確認を行う。幸いにも擦り傷程度しか見当たらなかったようだ。

「くっ、敵に心配されるとは……僕は戦士失格だ……!」

「誰もお主のことを戦士だとは思わんぞ?」

弱すぎるから。

吸血鬼に心配され、男は疑問に思う。

「どうして僕のことを殺さないんですか?」

「元々殺すつもりは無いぞ?ちょっと血を吸ってやろうと思ってただけじゃ。ワシは博愛主義者じゃからな。殺しはせん。なんなら普段は無理矢理血を吸おうとしたりせん」

「じゃあなんで僕の血を吸おうとしたんですか?」

怯えた様子で男は問いかける。何故追いかけ回されたかが分からないらしい。

「自分の今日の行動を振り返ってみぃ」

そう言われ、男は今日の事を振り返ってみる事にした。

「ほわんほわんほわ〜ん」

「それ自分で言うやつじゃないぞ?」

薬草採集の依頼を受け森を訪れた男は全くお目当ての薬草が見当たらずイライラしていた所、洞窟の奥でのんびりしていた吸血鬼を発見。

吸血鬼は日光を浴びれば灰となるので、昼間は出てこれないと高を括り安全圏から罵倒することでストレスの発散をしようと考えた。

男は『昼は出てこれない引きこもり!バーカ、バーカ!』と罵倒した。しかし、その挑発に吸血鬼は『お、生きのいい餌きたわ』と思って出てきたのである。

そこから吸血鬼に追いかけられ──

「全く心当たりが無いです」

「嘘じゃろ!?」

「そんなことより、用がないならもう帰ってもいいですか?もう疲れました」

「勝手過ぎるじゃろ……」

男の勝手な物言いに吸血鬼は呆れ果てる。

見逃してやったというのに無礼過ぎるのではないだろうか。

「まぁ良い、気をつけて帰るんじゃぞ」

「あ、ちょっと待ってください」

「ん、なんじゃ血か?」

「血はあげられませんけど、せめてものお礼です」

そう言って男はカバンをガサゴソと漁りだす。

「お、すまんな。ありがとう」

吸血鬼は男の気持ちに謝意を示す。

しばらくして男はカバンからあるモノを取り出す。

「トマトジュースです。吸血鬼は皆好きって軽めの小説ライトノベルに書いてありました」

血の代わりにトマトジュースを飲む。二次元吸血鬼のお決まりである。

「……」

目を見開き固まる吸血鬼。

「どうしましたか?」

「おちょくっているのか?ワシが好きなのは血じゃ……!」

「はい?」

「そんな紛い物要らぬわ!ワシはそうやってトマトジュースを渡して来た人間を何人も殺してきた!」

「博愛吸血鬼さん!?」

結局男は怒り狂った吸血鬼に追われ、街まで走って帰った。

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