第27話 そして勇者は堕ちていく……後編

「お待たせ致しました。こちらご注文頂いたコーヒーです。先ほどは本当に申し訳ありませんでした……」

「本当だよまったく……あと、あの子を呼んで謝罪させて!君じゃなくてさ」


華蓮への苛立ちをまだ露わにしているその男性に、俺はもう一度頭を下げつつ慎重に状況を見極めようと努めた。


「はい……申し訳ありません。一度私から彼女に伝えますので……それでお洋服は大丈夫ですか?」

「服はいいよ。汚れてないから!」

「左様ですか……もしなにかあれば、いつでも私にお申し付けください。こちら私の名刺です……」

「そんなのいいから、はやくあの子を呼んできて!」


名刺を差し出すがその男性はそれを乱暴に拒絶する。


……なるほど、確かに真皇の言ってることも間違ってないかも……

そう思いながらもまだ判断するには情報が足りない。


俺はひとまずカウンターに戻り、次はケーキの用意に取りかかった。

その時、落ち込んだ面持ちの華蓮がそっと近づき静かに深く頭を下げてきた。


「ハルさん本当に申し訳ありません……私のミスでこんな事になってしまって……本当に申し訳ありません!」

「ちょっ!?華蓮?そんなに謝らないでくれよ!大丈夫だよ、これが俺の仕事だし、まだ華蓮は新人なんだから、こういうこともあるよ。気にしないでくれ」


ずっと頭を下げたままの華蓮があまりにも痛々しくて、俺はそっと肩に触れそっとその顔を上げさせた。

未だに視線を合わせられずにいる彼女の沈んだ表情が胸に刺さる。

俺はそんな彼女に、できる限り穏やかな声でもう一度語りかけた。


「ほら華蓮、大丈夫だから。俺は怒ってないから………だからちょっと教えてくれるか?あのお客さんから何かされたり、してないよな?」

「………………………はい、なにも………」

「そうか…………わかった……」


落ち込んでいるせいか彼女の返事はやけに遅く、その沈黙がやけに引っかかる。

なにかがおかしい。しかし……今はそれを問いただしてる場合じゃない。


まずは目の前の問題を片付けなきゃいけない。

このままじゃ、お客様に責められても文句は言えない。

俺は気持ちを切り替えると彼女に指示を飛ばした。


「華蓮、こんな時に本当に悪いんだけど……少しだけ力を貸してほしい。お客様がどうしても華蓮からも一言謝罪がほしいって言ってて……辛いのはわかるけどこのケーキを持って軽く頭を下げてきてくれないか?俺もすぐ後ろから行くから、必ず一緒に対応するよ」


その言葉を受けた彼女は目を見開き一瞬怯えたような表情を見せた。

けれどすぐに口をぎゅっと結び『はいっ……行ってきます』と抑え込むように答える。


やっぱり……どう考えても様子がおかしい……

直感がそう告げている。


俺は彼女の後ろを静かに追いながら問題の男の元へと向かう。

すでに男は、まるで獲物を狙うかのように華蓮を視界に捉え口元をねじ曲げていた。

俺の姿なんて見えていないかのように視線は華蓮にだけ注がれている。


そしてケーキを差し出す瞬間——


華蓮の身体がピクリと震えるのを俺は確かに見た。

それでも彼女は、その震えを押し殺してゆっくりと頭を下げたのだった。


あの野郎…………そういう事か………


俺の目の前で起きたその光景でようやくすべてが繋がった。

あの男は、テーブルの下で隠すようにして華蓮の太ももあたりにかけて手を這わせていたのだ。


うちの店には制服はなく支給しているのはエプロンだけ。服装は自由。

そして今日の華蓮の服装はTシャツに少し短めのスカート……その露出した肌を、男はまさぐっていたのだ。


怒りが胸の奥から込み上げる。すぐにでもシバき倒したいがココは日本だ……

どうにかそれを抑え込んで俺はゆっくりと男の元へと歩を進める。


いまだ頭を下げたままの華蓮を見下ろしご満悦といった表情のまま、男はしれっと手を動かし続けている。

その姿を見た俺は迷わず男の間に割り込みその手を勢いよくねじり上げ、冷たく重たい声色で言い放った。


「おいてめぇ……ウチのスタッフになにしてんだ……」

「いだっ!!!」


店内の空気は凍りついたように静まり返り視線だけが一斉にこちらに集まっていた。

騒然というより、沈黙の圧が満ちている。


そんな中、みっともなく呻く男を俺は逃がさぬように鋭く睨みつけたまま華蓮に言葉を投げかける。


「華蓮……こんな痴漢野郎なんかに頭下げる必要ないぞ……頭上げてくれ」

「……ハルさん……」

「他に何かされてないか?ごめんな、俺が気付くの遅くて……」

「そっ……そんなこと……」


震える声が背中を撫でるように届いてくる。

かつて勇者として名を馳せた彼女も、今はただ一人の女の子なのだ。

すべての人が真皇のように強くあれるわけじゃない……それが現実だ。


「おい……どうするおっさん……?警察行くか?」

「……そっそれは……」


俺の問いかけにさっきまでの威圧感などすっかり消え去った男は、戸惑いの色を濃くする。

しかし、その沈黙を破ったのは思いがけず華蓮の小さな声だった。


「ハルさん……そこまではしなくていいです……」

「華蓮……?なんで……」


気がつけば俺のすぐ横に華蓮が立っていた。

彼女は静かに俺の手に手を重ね、ねじり上げていた男の腕から力を抜かせると、ぽつりと言葉を落とす。


「いいんです。ただの私の気まぐれです……今日はほんの少しだけ気分が良かったので……だからあなたは早くここから出て行って……今後一切私の前に姿を見せないで……ほら……行きなさい、私の気が変わる前に……」


低く冷淡に言い放った華蓮の眼光には鋭い光が宿っていた。

それは、まさにあの日、俺の首をはねた勇者のものだった。


その一言を受けた男は慌てて席を立つと、何度も頭を下げながら『すみません、ごめんなさい』と繰り返し、明らかに過剰な額の代金を置いて店から逃げるように走り去っていった。


店内に響く拍手と『よくやった』という声。

その光景にようやく騒動が収まったという安堵が胸に広がり俺は大きく息を吐いた。

その時、華蓮の背後からそっと真皇の声が落ちてきた。


「ねぇ華蓮……ほんとこれでよかったの?」

「ええ……いいんです。人は間違うものです……」

「……そう……ならいいけど……」


華蓮の声にはどこか寂しげな気配が混じっていた。

それに気づいたのか、真皇はそれ以上なにも言わずそっと引き下がる。

俺もそれを察し、店の空気がこれ以上悪くならないようその場を静かに収めた。


やっぱり、まだ俺が見ていないとダメかもしれないな……この店も……華蓮も……

そんな事を心の中でそっとつぶやく。


しゅんとした顔で、どこか上の空なまま立ち尽くす華蓮。

俺はそんな彼女の腕をそっと掴むと、周囲の視線を避けるように静かに倉庫の奥へと連れていく。

彼女が驚いたように目を見開いたのを見て、俺は優しく微笑みかけるとできる限り穏やかな声で言葉をかけた。


「華蓮、嫌な目に遭わせてごめんな……これは俺の責任だ……これからはこうならないように俺がお前を守ってやるから……」


「……!?」


「それに、そんなふうにしょんぼりされてるとこっちも落ち着かないんだよな……だからさ、できれば元気出してくれると嬉しい。お前は笑顔が一番可愛いし……」


俺……何言ってんの?……まあ、元気づけるためだし……

ほんの冗談のつもりだったのに彼女ははっとしたように目を見開き、すぐにふわっと柔らかく微笑んだ。その変化がなんだか魔法みたいで思わず見惚れてしまう。


「ハルさん……♡ほんとにズルい人……♡」

「……んっ?」


たまに言われるそのズルいという言葉の意味が、どうにも腑に落ちない……


「何でもありません……色々、ありがとうございます♡」

「ああ……」


彼女の柔らかな微笑みに俺はただ黙って見つめ返すしかなかった。

もう、そこには勇者だった面影はどこにもない。

ただ、彼女自身……華蓮がそこにいる。

そう思えた——




次回:私の初めての感情 華蓮SIDE——

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奥付

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〜スレンダーなのに色々でっかい地味で気弱な中田さんをクズ彼から助けた俺は、全力で彼女を可愛くしてあげたい。〜

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