第17話 「いってえ。首噛まれた!」

 兄はそれからの5年をすっ飛ばして話し終えた。詳しい事は追々聞いていくか。それより俺は気になっていた事を尋ねた。

「通行証にポイントが表示されてただろ? 兄ちゃんのはどうだった?」

「どうって、俺のはもうそんなに残ってないぜ」

 俺はその数字を見てがっかりする。兄が持っていたのはたったの50ポイント。これじゃあ初級クラスのモンスターに一回倒されれば終了、はいさようならだ。復活もかなわない。

 兄がここに来たのがいつにせよ、よく5年も生き延びた上に、上級コースに残れたもんだと驚かされる。

 すると兄は言い訳した。

「つい数ヶ月前まではポイントも大量に残ってたんだぜ。俺は頑張って化け物退治してたしよ。でもキマイラとかいう化け物にやられちまって、戻ってきたらごっそり点数減らされてこれだけになっちまってたんだ」

 そうだったのか兄ちゃん。バカにしてごめぬんよ。しかし兄ちゃん、その化け物の事をもっと詳しく教えてくれ。キマイラって言ってたな。

 玉さんが兄に詰め寄った。

「どこで鬼魔異羅に遭遇したのか教えてくだされ」

「教えるのは構わねーけど、まだそこにいるかどうか。それに俺はもうあの場所には行きたくない」

 殺されたんだからそれはそうだろう。だが俺が大量のポイントを見せ、飲み放題食べ放題、ついでに遊び放題だぞ、と誘いをかけると、兄はあっさりと同行を承諾してくれた。

 そして倒れたままになっていた残り二人の男たちを起こしにかかる。

「この人たちは兄ちゃんの旅の仲間?」

「いや、さっき宿で飯食ってたら話しかけられただけだ」

 ふうん。一緒に女の子の入浴を覗きに行こうってか?


「ここに来てからずっと兄ちゃんは一人で旅をしていたの?」

「いや、まさか。俺だけならとっくにやられて元の世界に戻ってるさ。頼りになるツレがいたんだよ。そういやあいつどうしたのかな。俺がゲートで復活した時には見かけなかったから無事逃げおおせたのかもしれない。まあ旅を続けてりゃそのうちまた会う事もあるだろ」

「兄ちゃんは元の世界に戻ろうとは思わなかったのか?」

「まあここに来た当初にはヤケになってたんだ。信じていた女に裏切られたんだから。けれどこの世界を彷徨ってる間に、こっちの生活の方が性に合ってるんじゃないかって気がしてきてた。五年も経ってたんだな」

「ひどいよ。俺は一人で置いて行かれて大変だったんだぜ」

「すまんかったな。けどまあお前は要領がいいし、俺より少しだけ頭が良くて顔もちょっとはイケてるから、なんとかなっただろ」

 何とかなったと言えば何とかなった気もする。三十路目前の男が「よくも俺を捨てたな」と恨み言を吐くのもみっともないし、お互い我が道を行くって事でいいか。


 だがキマイラを探し出すために、しばらくは兄と一緒に行動する事になりそうだ。

 その前に。

 宿を騒がせたお詫びに、怪鳥の卵は3個のうち2個を宿に置いていく事にした。宿の亭主が「この卵があればゆっくり浸かれる風呂とサウナも作れそうだ」と言ってくれたので、これからは宿に立ち寄るのが楽しみになりそうだ。


 そして鬼魔異羅との戦いを目前にして俺たちの闘志は静かに燃えていた。と言いたいが。戦いに前向きなのは玉さんだけだろう。だがうしろ向きにせよ、俺もまたこの戦いによって何かが変わるはずだと、期待する気持ちもどこかにあった。

「この中だ」

 そう言って兄は、森の奥深くにある洞窟を指さした。

 それを見て俺の戦意はかなり削がれてしまった。


 それは下方に向かってどこまでも伸びる深い洞穴。暗くて先が見えないのが不気味だ。俺たちは太い木の幹に縄を固定すると、それを伝って暗がりの中を下って行った。

 どれほど下ったのか、ようやく地面に足がつく。回りは真っ暗闇でどちらに進めばいいのかも分からなかったが、尚也が本で唯一学んだ火おこしの魔法で、用意してきた松明たいまつに火を灯した。

 そこはかなり広い岩場になっていて、奥には段差があり、その向こうにまたしても先の見えない暗い洞穴がつながっていた。


「やつに出くわしたのはまだまだずっと向こうだ」

 兄が言う。行きたくないが進むしかない。

「あっ、言い忘れていたが、ここには地底人もどきがウヨウヨいるから」

「なんだよ、それ」

 俺の声は心なしか震えていた気がする。そんな訳の分からないものにこんな閉鎖的な場所で出会いたくない。すると銀ちゃんが言った。

「私が先頭になります。尚也たちは私の後について来て下さい」

「うん」

 銀ちゃんは危険を感じてか、尚也からわずかほどにも離れようとしない。玉さんが言った。

「ではわしは最後尾を行く」

 そういうわけで尚也と俺と白雪、そして兄は二人に挟まれて進む事になった。松明の小さな炎だけを頼りに奥に行くにつれ、時折妙な物音を耳にするようなった。

 じゅくじゅく、かさかさと、俺たちが進むほどに何者かが、ぬかるんだ場所や乾いた場所を移動しながら慌てて身を隠す気配。玉さんが言った。

「地底人かもしれぬな。彼らは闇に目が効くかわりに明るさを嫌うと聞いた。こっちには松明があるから一定の距離以上には近づけないのかもしれぬ」


 そうか。では火を絶やさないようにしないと。だがそんな矢先、何か巨大な黒い影が音もなく飛来し、俺たちの間をすり抜けて背後に飛んで行ったかと思うと、Uターンして戻ってくる。 兄が叫んだ。

「吸血コウモリだ!追い払え」

 そんなものまでいるのか。他にも何か出てくるのなら今のうちに対処法を教えておいてくれ。

「来るな!」

 尚也がわめきながら松明を振り回す。

「尚也、ダメ。火が消えてしまう!」

 銀ちゃんが止めるが松明の火は消えてしまい、辺りは真の闇に満たされた。もう何も見えない。

「尚也くん、早く火をつけて」

「うん」

 だが焦っているせいか、尚也の手に中々火は灯らない。 


「ぎゃあああっ!」

 暗闇の中、兄が叫んだ。

「いってえ。首噛まれた!」

 ようやく松明に火が灯り、兄を見た俺はギョッとした。兄の首に30㎝はありそうなデカいコウモリが張り付いたままになっている。

 側にいた玉さんが無造作に手を伸ばしコウモリを掴むと、兄の首から引きはがした。兄がコウモリに噛まれた傷口を触ると手のひらにべったりと血がついた。

「うええっ?」

 またしても兄が悲鳴を上げる。

 尚也がその様子を見ながら誰にともなく尋ねた。

「あのコウモリって妙な病気とかもってない?」

「どうだろ。ここの生き物って俺らがいた世界とはかなり違ってるからな」

 俺も不安になる。

「お兄さん、何ともないってはっきりするまでは、感染しないようにどこかに閉じ込めておいた方がいいんじゃないの?」

 尚也がひどい事を言うが、ふと思いついた。そうだ。ヒール魔法。白雪なら使えるんじゃないか?

「白雪さん。兄貴の怪我をなんとかできない?」

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