第16話 「銀には羞恥心なんてものないんだ」
すると尚也が言った。
「魔法使えるんだね。だったら連れて行ってあげようよ」
尚也に言われるまでもなく、それはありがたい申し出だった。浄化魔法が使えるという事は、ひょっとして回復の術なんかも使えるんじゃないか? それなら今の俺たちにとって最高に心強い味方だ。
だがその前にちょっと気になる事も。俺は白雪に尋ねてみた。
「銀ちゃんに恋におちる魔法かけたって言ってたよね。それってまだ効いているの?」
「残念ですが明日の朝には効果は消えているはずです」
そうなのか? だが尚也が言う。
「銀にそんな魔法は効かないと思う。多分本当に白雪さんに一目惚れしたんだろ」
「そうなのですか?」
白雪は驚きながらも少し嬉しそうだ。
そして翌朝になっても、二人は仲良しのままだった。
「俺の鉤爪、全然ダメだったなあ」
尚也が手甲鉤をはめた手で地面を殴りながらぼやく。
「何をしているんだ?」
尋ねると、尚也は言った。
「鍛えようと思ったんだ。俺弱すぎるから。ゾンビだって俺の事は眼中になかったみたいだ」
「だって尚也くんはまだ中学生なんだろ? 俺なんか三十手前なのにダメダメだぞ」
なぐさめてみたが答えはない。尚也を見るとひたすらガンガンと殴る手を止め、土をかきわけるように地面を掘り始めていた。
「何かここに埋まってる。なんだろ」
「ちょっと待て。掘り出すんなら玉さんか銀ちゃんを呼んでからにしよう」
とんでもない物がでてきたらどうする。だが尚也はそんな俺には構わず、さっさと地面の中からいびつな形の球体?を掘り出していた。
直径20センチほどのやや縦長の球は全部で3個地面の中に埋められていた。尚也が力任せに鉤爪で叩いたハズなのに黒い表面には傷ひとつついていない。金属のようにツルツルとした球体を尚也が手に持つ。
「触っても大丈夫なのか?」
「もう触っちゃったし。でもこれけっこう重い」
球体の正体は銀が知っていた。攻略マニュアルを隅々まで読破していたらしい。
「これは湯沸かしの球です。鍋に水とこの球をいれて放置するだけでお湯になります。火をおこす手間が省けます」
「尚也。良いもの掘り出したな。しかしこれは誰かが作ったものなんだ?」
「もともとは怪鳥の卵だったと言われています。生まれたばかりの卵を塩漬けにして土に埋めておくと数か月でこれが完成するとか。ですが卵は高い場所の巣の中にあり、奪うのは至難の業なので、実行する者はめったにいません。ですからこれはとても貴重なものです」
「そんな大事なものを埋めっぱなしで忘れるなんてな」
「忘れたのかあるいは取りに戻る事ができなくなったのか……」
その数時間後。宿の女将に借りた巨大な洗濯用のたらいに、井戸からすくった水を満たし、卵を放り込んで入浴している尚也の姿があった。
宿の中庭なので横の建物の窓からは丸見えだろうが、男の裸を見たがる客はそんなにいないだろう。気持ちよさそうだから、後で俺も入らせてもらおう。
この地で体を洗うには川に飛び込むか、宿で湯をもらって体を拭くしかなかった。
尚也と俺が湯あみを終えた少し後。たらいの回収に尚也と向かうと、銀と白雪までが、一緒にたらい風呂に浸かっていた。
たらいはそんなに深いものではなく、座ってようやく胸の下までが湯につかる程度だ。上半身は丸見え。警戒心のなさすぎる二人に俺は驚いた。
尚也も慌てているだろうと思うと、そうでもない様子だった。
「銀には羞恥心なんてものないんだ」
少し怒ったように尚也がぼやく。
「でも白雪ちゃんもか。不用心すぎるな」
そして俺はたらいの周辺に数人の男が転がっているのに気付いた。おそらく裸の美女に興奮して近づいたところを、銀ちゃん達に返り討ちにされたのだろう。アホな話だが彼らに同情は出来ない。皆気絶しているだけの様子なので安心した。
「さっさと服着ろよな」
尚也が銀に言う。二人の着替えはたらいの側にきちんと置かれていた。ついでに脱いだ服は洗って井戸のそばの物干し用のロープに掛けてある。これが乾く頃に出発する予定だ。
さすがに二人がたらいから出る姿をジロジロ見るわけにはいかず、俺と尚也は気絶している男たちの介抱をする事にした。やがて一人が意識を取り戻した様子だった。
「いててて……あいつら、ひっでえな」
うつぶせになって転がっていた一人が、首を抑えながらぎくしゃくと起き上がった。だが。その顔を見て俺は衝撃を受けた。
絶対ここで見るはずのなかった顔。
絶対にイケメンとは言えない、けれど誰よりもよく知っている懐かしいその顔は。
「兄ちゃん!?」
そして男の方も驚いた顔を俺に向ける。
「俊平!?」
「なんでここに!?」
「どういう事?」
尚也が俺たちを交互に見て尋ねた。
その時、銀ちゃんたちが服を着終えるのを待っていたように、玉さんもその場にやってきた。手に持った風呂敷には旅と戦いで汚れた衣装が包まれているらしい。玉さんも洗濯に来たのだろう。そして俺に尋ねる。
「この人は俊平の知り合いか?」
「俺の兄貴だ。合うのは5年ぶり位かな」
ここにたどり着くまでの経緯を兄がざっと話してくれた。
五年前、兄は宣言通りフィリピンの地に降り立ち、強制送還された恋人を探すためにパブのオーナーから奪い取った住所に向かったらしい。だがそこで衝撃の事実を知る。
彼女にはなんと祖国に夫と子供がいたのだ。ついでに両親と兄弟たちも。貧しい一家を支えるため、彼女は日本の地で既婚者である事を隠して働いた。
「ホントウニゴメンナサイ」
涙ながらに謝る彼女を、兄は許すしかなかった。そして死に場所を探して(これは嘘だ)彷徨っているところを、一人の神秘的な若葉色の髪の少女に声をかけられたという。
その時兄は海から数十メートルの高さにかけられた橋の欄干にもたれ、プロポーズのために用意してきた指輪を虚ろな思いで眺めていたそうな。
小さいがダイヤの輝きは本物で、無用になったからといって海に捨てる決断もできずにいた。
そんな迷いのせいか。少女がそっと左手を差し出してきた時、兄は何も考えずに彼女の薬指に手にしていた指輪をはめてしまった。すると周りの世界がぐるぐると回転し始め、地面を踏みしめていたはずの足は宙に浮き、意識は遠のき……気付くと俺と同じく魔法ランドのゲート前にいたらしい。
「まあそのあと何だかかんだあって今ここだ」
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