とばりが丘物語

一途貫

一話 悪ガキ軍団の企み

 ズクは部屋を出て、いつもの隠れ家へと向かう。階段を一階まで駆け下り、裏口の扉を乱暴に開ける。中庭の倉庫によじ登り、小窓から入っていく。 

 中には既に、悪巧みの仲間達が揃っていた。ミディアムヘアーの少女に、背の高い眼鏡の少年、そしてソフトモヒカンの少年が、遅れた同胞を待ち侘びる。


「遅ぇぞ、ズク」


「ごめん、ケンちゃん。パパに捕まって遅くなったんだ」


ぶっきらぼうな口調のモヒカン少年。ズクはリュックを下ろし、古ぼけた地図を取り出した。地図が出された途端、その場にいる全員の視線が集まる。


「これは……昔の県地図だ。どうやって手に入れたの?」


眼鏡の少年が地図を手に取る。県名は掠れて読めないが、地図の中には“とばりが丘団地”の名前があった。海賊が宝の地図を見るように、ズクは地面いっぱいに地図を広げる。


「下の階の神田のじいちゃんが捨ててたんだ。あのじいちゃん、最近昔の物捨ててばっかなんだ」


「でも、これ今から五十年前の地図みたいだよ。発行年が二〇二〇年になってる」


眼鏡の少年は残念そうにため息をつく。半世紀前の地図は確かに貴重だが、彼らの悪巧みには必要ない。そう思えた。


「でも、ヒロ見てみろよ。五十年前の地図には団地から千々部ちちべ駅に繋がる橋があるんだ。きっと今も残っているはずだよ」


ズクは切り札を出すように得意げな顔をする。地図の中の団地には確かに、一つだけ千々部ちちべ駅に向けて道が引かれていた。もう来年には小学校を卒業しているであろう悪ガキ達には、地図が読めないはずがない。一人を除いては。


「その細長い線に沿って行くとどうなるんだ? お宝でもあんのか?」


ケンは眉をひそめて地図を見る。口をへの字に曲げて唸るケン。ズクは地図の道路をなぞる。

千々部ちちべ駅の前の川沿いにある公園を進むと、四峯よつみね神社に着くみたい。そこにきっとお宝があるはずだよ」


お宝という言葉に、各々は自分が思い描く宝の姿をたどる。ズクは金色に輝く刀、ヒロは古代人が記した巻物、ケンは龍を模った像。ただ一人、少女だけは思いを馳せることなく不安そうな顔をしていた。


「でも大丈夫なの? 団地の外には、未知のウィルスが広がってるから出ちゃダメだって、ママ言ってたよ」


少女は神経質そうな面持ちを仲間達に向ける。それを馬鹿げた話だと嘲るように、ケンは鼻で笑う。


「なんだよマッキー。嫌なら行かなくてもいいんだぜ」


「何よ! 私はウィルスが心配なだけよ!」


マッキーは甲高い声を張り上げる。ケンもピクリと眉間に皺を寄せた。


「二人ともよしな。団地で喧嘩なんてみんな大騒ぎになっちゃうよ」


二人の間をヒロが割って入る。背の高いヒロは二人にとっては電柱のようなものだった。マッキーは舌を突き出してケンを睨む。ケンも挑発するように舌打ちをした。


「未知のウィルスが流行ったのは五十年も前の話だよ。大人達が知ろうとしないだけで、きっとウィルスなんてとっくに無いはずだよ」


ズクは悪ガキ達を鼓舞する。マッキーはしかめ面でふて腐れた。


「で、俺はその話乗るけど、お前らは行くのかよ」


ケンの言葉に、ズクとヒロはすぐに頷いた。マッキーはしばらく黙っていたが、二人が賛成すると、渋々頷いた。


「決まりだな。じゃあ、明日の八時にアジト集合な」


それまで不機嫌そうな顔をしていたケンの声が弾む。ズクも地図をリュックにしまい、帰る支度をし始める。蝉の鳴き声が響く昼下がり。悪ガキ達の足音が、団地中に広がった。

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