第47話

 47話


「は!?どういうことだ!?」


 冒険者ギルドの受付で、ガルヴァンが吠えた。


「で、ですから、そのクエストは、もう完了したんですぅ」


 ギルドの受付嬢、ミレーヌがテーブルの下に潜ったまま、言った。


「そんなバカな!オレ達以外に誰が『オルゴーン』を倒せるってんだ!」


 ガンッ、とヴァルディスがテーブルを殴る。


  オルゴルーン——全身を甲殻のような硬質な黒い皮膚で覆われている巨大な牛型の魔獣である。

 討伐ランクはA。

 生半可な攻撃では動きを止めることすらできず、討伐は困難を極まる。

 しかも、集団で行動するため、並の冒険者では太刀打ちできない。


 そのオルゴーンをいったいどこのどいつが?


「ひっ。そ、そ、それは……」



「私達よ」


 唐突に背中から声が聞こえ、ガルヴァンは振り返った。


 入口の扉が開き、強烈な光が差し込む。

 その光の中に立つ、4つの影。


「そこをどいてもらえる?」


 そう言ったのは『スノーレギンス』のヴィオラだった。


 ゆっくりと歩いてくる4人に、ガルディスは我知らず後ずさっていた。


 ——誰だ、こいつらは……?


 見た目はたしかに『スノーレギンス』の4人だ。

 だが全身に纏う気配は、歴戦の猛者のそれだった。

 まるで何十、いや何百もの死線をくぐり抜けてきたような、圧倒的な風格が彼女らにはあった。


「ミレーヌさん。確認してもらえるかしら?」


 ヴィオラが赤い紙をテーブルに置く。

 ガルヴァンはギョッとした。

 赤い紙と言えばBランククエスト以上の討伐完了届けだからだ。

 見たところ『スノーレギンス』の4人には怪我もなく、装備の汚れすらない。

 Bランクを超えるクエストを完了した直後だとは、とても思えない。

 

「は、はい!えっと……」


 ひょこ、とテーブルの下から起き上がり、ミレーヌが紙を手に取った。


「えっと……」


 ミレーヌがヴィオラとガルヴァンの顔を交互に見た。


「隠さなくていいわ」


「は、はい。『シルバーウルフ10体』の討伐依頼の完了を確認しました」


「シルバーウルフ10体だと!?」


 ガルヴァンは思わず叫んでしまった。


 シルバーウルフは、体全体を光沢のある銀の毛で覆われている狼型の魔獣だ。

 その長い脚による俊敏な移動は、こちらの攻撃を容易に回避できるだけでなく、自らの強烈な身体を武器に変える。


 爪には風の力が宿っており、攻撃時に風の刃を生じさせ、敵の装甲を紙のように切り裂いていく。

 単独での討伐ランクはB。

 ただし、3匹以上の集団となると格段に討伐難易度が増し、10体の集団だと討伐ランクはAAになる。


 それを『スノーレギンス』が討伐したと言うのか?

 あのゴミクエスト拾いの小娘たちが……。



「……どんな手を使いやがった?」


 ヴァルディスの言葉に、イリスがハァとため息を吐いた。


「うっざ。どうしてアンタ達に教えなきゃいけないわけ?」


 その言葉に巨漢のラグナーがキレた。


「このガキが、誰に口聞いてやがる!」


 ラグナーがイリスに手を伸ばすが——。


「ら、乱暴は止めてください」


 セレーヌがラグナーの手を掴んだ。


「は、放せ! 放しやがれ!」


 だが、どんなに力を込めても、セレーヌの手は巨岩のようにビクともしない。


「貴様っ!」


 ヴァルディスが後ろに飛び、ボーガンを構えた。


 ピキピキピキ


 持ち上げたボーガンが一瞬で氷に覆われていく。


「そのケンカ、買いましたわ」


 リリエットがさらなる魔術を展開させながら、ニヤリと笑った。


 その言葉を合図に『ブラッドハウンド』と『スノーレギンス』——全員が武器を抜き、向かい合った。


 一触即発の空気がギルド内に張り詰めた、その時——。


「双方、そこまでだっ!!」


 突然鳴り響いた声に、ビリビリと空気が震えた。


「なにをやっとるか、貴様ら!」


 二階から現れたのは、元Sランクの冒険者、現ギルドマスターのギデオンだった。


「なにをって言われても……」

「あっちがケンカ売ってきただけだし」

「わ、わたし達は依頼完了の報告をしてただけで……」

「ギデオンさん。わたくし達を責めるのはお門違いじゃありませんこと?」


『スノーレギオン』4人が武器を収めながら言うと、ギデオンは深いため息を吐いた。


「お前たち……来月の試合まで、どうして我慢できんのだ」


 ギデオンの言葉に、ヴィオラが小首を傾げた。


「その来月の試合のことだけど、やる意味はあるのかしら?」


「はぁ?どういう意味だ!?」


 ガルヴァンが食って掛かり、それをイリスが鼻で笑う。


「だって、ウチらだけでAランクの依頼を達成できるし?」


 イリスの言葉に、セレーヌとリリエットがうんうんと頷く。


「し、正直言って、わ、わたし達に試合をするメリットがないというか……」

「はっきりいいますと、あなた達はこのギルドに必要ないってことですわ」


 二人の言葉に、ガルヴァンの顔がみるみる赤くなる。

 こんなにバカにされたのはいつ以来だろうか。

 あまりの怒りに、とっさに言葉をなくしてしまった。


 そして数秒の後、ようやくガルヴァンは絞り出すように言った。


「怖気付いて、逃げるつもりか……」


「はぁ……。あのねぇ。怖気づくとかそんな話じゃなくて、試合の掛け金が釣り合ってないって話をしてんの。

 私達が負けたときだけ奴隷になるってなんなのよ。

 私達が勝ってもメリットはないし、正直に言うと、やる気が起きないのよ。

 あ、だからといって、あなた達を奴隷にして飼うなんてお断りだから」


「……っ」


 ヴィオラの言い分に対し、ガルヴァンはなにも言えなかった。

 彼女の言うことはもっともだったのだ。

 ガルヴァンたちが勝つと『スノーレギンス』の4人が奴隷になり、負けても現状維持。

 これでは不平等もいいところだ、


「というわけで、来月の試合は中止でいいわね?」

「くだらない試合するより、クエストをこなしたほうが有意義だし」

「あ、あの……今までお疲れ様でした。次の職場での活躍をお祈りしてます」

「さて、クエストも一段落したことですし、鬼教官様に内緒で今日くらいはハメを外しませんこと?」


「「「賛成っ!」」」


『スノーレギンス』の4人は、キャッキャと談笑しながら出口へ向かった。

 まるでガルヴァンのことなど相手にしていないかのように……。


「待ちやがれ!」


 ガルヴァンが叫んだ。

 試合を中止するわけにはいかなかった。

 このままでは、ガルヴァンたちがスノーレギンスに取って代わられてしまう。

 『このギルドで唯一のAランク冒険者』

 その地位と特権を失うわけにはいかない。

 そして——それ以上にプライドが許さなかった。


「俺達が負けたら、2000万ZL払う。それでどうだ?」


 ガルヴァンの苦肉の提案に、4人はピタリと歩みを止めた。


「……その言葉、嘘じゃないでしょうね?」


 ゆらり、とヴィオラが首だけをガルヴァンに向けた。


「も、もちろんだ」


 返事をしながら、ガルヴァンの背中は汗でしっとりとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る