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資料をめくる音だけが響く。
オープンテラスに広がる爽やかな風と、学院の華やかな雰囲気とは裏腹に、テーブルの上には分厚い調査記録が並び、重苦しい空気をまとっていた。
カトレアが再生した魔道具の音声記録を最後まで聞き終えると、ルーシアは静かに目を閉じ、考えを巡らせる。
「……なるほどな」
「ルー? 何かわかったの?」
フィオナがルーシアの横で身を乗り出す。
「ラークが重要参考人になった理由だ」
フィオナが眉をひそめる。
「え? なんで? ラークが何か怪しいことをしたの?」
ルーシアは指先でテーブルを軽く叩くようにしながら説明を始める。
「ただの消去法だが、悲鳴が聞こえた時、エリザとレオナルドは少なくとも一緒にいた。そうなると、ラークだけがいわゆる不在証明がない」
「……それって?」
「エリザとレオナルドの目を盗み、議会場に行き、セシリアを背後から刺すことができたのは、ラークだけだった、ということになる」
ルーシアは静かに告げる。
「じゃあ、ラークが犯人ってこと?」
「そう単純な話にはなっていないんだろうな」
ルーシアは腕を組み、冷静に続けた。
「カトレア。ラークは容疑を否認しているんだろう?」
「ええ。『やっていない』の一点張りです」
「今は監察官たちも証拠固めをしている段階か?」
ルーシアの問いに、カトレアは小さく頷いた。
「そうですね。確かに、現時点で決定的とは言えませんが、一点気になる物証が出ています」
「物証?」
フィオナが目を丸くする。
「はい。ラークの私物の中から、セシリアの血液が付着したタオルが見つかりました」
「タオル……」
フィオナの顔に、訝しげな表情が浮かぶ。
「どんな状況で見つかったの?」
「彼の教室の荷物からです。折りたたまれていた白いタオルの端に、ごく小さな血痕が残っていたそうです」
「ええー……そんなわかりやすい場所に?」
フィオナが思わず声を上げた。
「それってさ、ちょっと……見え透いてない? "血の付いたタオル"って、いかにも怪しい感じが逆にあやしいっていうか……」
ルーシアも、鼻を鳴らすようにして言った。
「まぁ……安直だな。血を拭いた証拠を、そのまま持ち帰って丁寧に畳んでおくような犯人がいたら、そいつは相当の間抜けか考え無しだな」
フィオナは唇をとがらせる。
「だよね?」
「まぁ"そんなことをするはずない"と見せかけて容疑を逃れる算段がラークにはあったのかもしれないから、なんとも言えないがな」
ルーシアは再び腕を組み直し、目を細めながら言葉を継いだ。
「……でも、不思議だね」
フィオナの呟きが、推理の波を滑らかに割った。
ルーシアが視線を向ける。
「何がだ?」
「だってさ、ラークはただの学生でしょう? 特殊な魔法を使った形跡もないなら、やることは単純に物理的な犯罪じゃない。催眠は魔道具が使われたけど、それ以外はただの殺人事件なんだよ?」
「ああ」
ルーシアは頷きながら、無意識に指先でカップの縁をなぞる。
「だったら、証拠や痕跡を完全に消すことなんて難しい。魔法監察官が普通に調査していたら、もっとこう……決定的な証拠が早く見つかってもおかしくないはずなのに……なのに、まだ捜査が続いているなんて、ちょっと不自然」
その言葉に、カトレアが意外そうにフィオナを見つめた。目を丸くしながら、ふっと微笑を浮かべる。
「フィオナさん、ちゃんと考えていらっしゃるんですね」
「ちょっとちょっと! レアちゃん、それ言い方が失礼すぎない!?」
フィオナが頬を膨らませて椅子を揺らす。だが、カトレアは涼しげに続けた。
「だって、酒場での印象では……その、もう少し……自由な振る舞いをなさる方かと」
「お互い様でしょ!? 誰かさんが『あぁー……もうあっついー……』って急にシャツ脱ぎだして下着姿になろうとしたのを止めたのは私なんだから!」
フィオナが身を乗り出して詰め寄ると、カトレアは思わず顔を赤らめる。
「い、言わないでください! フィオナさんだって『お店のみんなにご馳走するー!』って言い出したのを止めたのは私ですよ!?」
「言わなくていいからぁ!」
フィオナがわたわたとカトレアの口を塞ごうとして、テーブルの上の書類をうっかりひっくり返しそうになる。その光景に、ルーシアはひとつ、深く息を吐いた。
「……二人とも」
ぴたり。
声の温度に空気が凍り、ふたりが同時に固まる。
「酒を飲むなとは言わないが、節度は保て。公共の場だ」
「……はぁい」
「はい……」
肩をすくめてしょんぼりと二人は頷いた。だがその直後、フィオナがこっそりとカトレアに耳打ちする。
「……ルーだってこの間、温泉でのぼせてた……私が服を着せたんだよ?」
カトレアがくすりと笑いながら、控えめに返す。
「まぁ……それは貴重なご経験でしたね。乙女がそんなことでどうするんでしょうね」
「……おい」
ぴしりと低く、ルーシアの視線が突き刺さる。ふたりは慌てて背筋を伸ばし、すまし顔に戻った。
ルーシアは軽く咳払いをして、話を戻す。
「カトレア、もう一度確認しておきたい。事件当時、本当にその学舎には、被害者と容疑者の三人しかいなかったんだな?」
「ええ。学舎の入室結界の記録により、それは確証があります」
「つまり、容疑者三人以外の人物、目撃者や通行人も含めて、事件発生時に現場付近にいた第三者はいないと見ていいな?」
「はい。それは間違いありません」
ルーシアは静かに頷いた。陽だまりに揺れる紅茶の香りの向こうに、再び鋭い思考の流れが戻ってきていた。
「……じゃあ、あくまで情報は三人の聞き取り調査内容だけに頼るしかない、ということか」
言いながら、彼女はちらりとフィオナを見る。
フィオナの視線は、テラスの入口から歩み寄ってきたウェイターに向けられていた。銀のトレイには、香り高い紅茶と美しく飾られた焼き菓子のプレートが乗っている。
フィオナの頬がわずかにほころぶ。彼女の表情から好奇心がにじみ出るのを見て、ルーシアは静かに息をついた。
「……カトレア」
「はい?」
ルーシアは小さく息をつき、静かに言った。
「お茶会と洒落込もうか」
「え……?」
意外そうな表情でカトレアが瞬く。
「うちの相棒が……もう我慢できなさそうだからな」
「ルー! 人を犬みたいに言わないでよ!」
ふくれた声に、ルーシアは軽く口の端を上げる。
そして、改めてカトレアへと視線を戻し、低く囁いた。
「カトレア。鍵は、ひとつだけ」
「え?」
「何故犯人は暗示の魔道具を使わなければならなかったのか? 何故"悲鳴が聴こえなかった"という暗示にしたのか? そこを考えれば良いだけだ」
事件の闇を解く前に、まずは一杯の紅茶から。
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