第3話

 今学期初めに行われた席替えの結果として、やむなく俺は比崎美月──社長令嬢の美少女と隣の席になったわけだ。


「……俺を身代わりに使うなよ」


 上原が席に戻っていくと渇いた口を開く。

 

「なんで? 別に減るものじゃないでしょ? 消耗品なら躊躇いつつも利用するかもしれないけれど……」

「身代わりにしてるってことは、俺は雨避け日傘の消耗品ってことかよ!」

「当たり前ね」

「そこは人として否定してくれ!」


 ……つくづく酷いやつだ。

 

 それとして上原と比崎の関係って一体どうなのだろうか、「仲良く話していた」と言っていたが、初対面でも分かるこのツンの化身が談笑に耽る姿にはどうも理解が及ばない。一学期の頃、美男美女が隣同士になってクラス中が湧き上がっていたのを思い出す。やはり、そういうものに注目してしまうのが世の常ということらしい。

 俺は少し気になり訊いてみることにした。


「なぁ……変なこと訊くけどさ。上原とどんな関係なんだ?」

「何が言いたいの?」

「そのまま額面通りなんだが……」

「どんな関係って見れば分かるでしょ」


 要領を得ない発言に比崎は訝しむ。


「どうだろう、彼氏とか?」

「そんなわけないから。バカなの? 死ぬの?」

「バカでもないし死なねえよ……よくよく考えれば比崎に彼氏いるなんて噂、毛ほども立ったことないもんな」

「ただのクラスメイトよ。しかも厄介な……」


 上原はイケメンだ。それゆえにかなりの女性ファンも存在する。入学してから今に至るまで多くの彼女が出来たことを始めとして女子生徒からの黄色い歓声が凄まじく、告白されるのは日常茶飯事と様々な逸話があるのだ。

 彼がわざわざ言いよるということは──付き合いたいと思っているわけで、大体の女子からすればこの上なく嬉しいに違いない。普通の女子ならばな。

 

「付き合わないのか? イケメンって評判だけど」

「あなたって正真正銘のバカね……私があの男と付き合いたいと思ってるように見えたの? 現代文の心情問題とか苦手でしょ?」


 またまた安定の鋭い返しが突き刺さる。

 比崎は周りの女子とは違うようで。


「なんでだ?」

「つまらないし、恋愛に興味ないもの。そんなことするくらいなら自室で読書や勉強する方がよっぽど有意義な時間ね……」

「ほぅ……一理あるな。俺も同意見だ」


 最近では次々とクラス内でカップルが生まれている。

 高校生と言えば恋愛、恋愛と言えば高校生と言うように代名詞と例えて差し支えないだろう。それに羨望の眼差しを向ける生徒は多いようで、自分たちもブームの波に乗るかの如く増えている。

 どうせ数ヶ月後には『些細なすれ違い』『価値観の違いから及ぶ喧嘩』でギスギスした別れ方になるのだ。それで終わりならまだ言いものの別れたことがクラス中に広まって二次災害、と面倒くさい処理に追われる。

 

「あなたと意見が被るのは不愉快なのだけれど……」


 それに、と比崎は続けた。

 

「さっきの男なんか気持ち悪い上に良い噂聞かないもの。特にいたいけで純粋な女の子が鴨にされて喰われてるって話あるじゃない。そんな話気持ち悪いもの」

「マジかよ、初めて聞いたな」

「あなた……全然知らないのね」


 嘘だろ……俺の方が比崎より友達がいるはずなのだがなぜ情報に取り残されているのだろうか。正直なところ、結構ショックだ。


「訊くがどっからその情報耳にしたんだ?」

「………………別にどこでもいいじゃない」

「盗み聞きか?」


 眉毛がぴくりと動く。

 

「…………あなたと同じにしないでくれない?」

「わかったわかった……」


 ……どうやら盗み聞きらしい。

 俺は謎の安心感を覚えた。だってコイツが友達と話している場面を見たことがない、なんならクラスメイトと一切言葉を交わさずに帰宅する時すらあるのだ。


 突然、バタンと教室の扉が開いた。

 やっと担任が戻ってきたらしい。待ち侘びた帰宅時間に自ずと気分が高まる。

 

「すまんすまん、プリントコピーしていてな。じゃあ、プリント前から受け取ったら人から帰っていいぞ〜」


 学級便りと書かれた紙を受け取ると、内容もみずにファイルへと仕舞い込む。自分にとってはほぼ紙屑同然なのだが、母さんはなぜか関心があるようで見せる為だけに貰っているみたいなものだ。

 通学鞄を背負う。

 隣の社長令嬢さんは黙々と帰り支度を進めていた。


(……一応、隣人なんだから声掛けとくか)

 

「んじゃ、お先に失礼。帰るわ」

「そ」

「…………あぁ、また明日。じゃあな」

「………………………………」

 

 返事はない。

 つまり、これ以上俺と話す気はないらしい。


 ……なんと素っ気ないヤツだろうか。別れを『そ』のひと文字で済ませるとは人情の欠片もないな……人のことを言える口ではないが、挨拶は相手の気分を良くする魔法の言葉なのである。

 苦手な相手、嫌いな相手でも俺は表に出さないように挨拶をするのだが比崎にとってはこの際関係ないらしい。おそらく、時空が歪んで仮に彼氏が出来たとしても(100%ない)素っ気なさは相変わらずじゃないだろうか。


 無言を貫く彼女を後目に教室を後にした。

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