第43話 作戦


 学院内は活気に満ち溢れていた。

 魔導競技祭典マギア・フェルスタも近づいてきて、参加しない生徒でも応援するために色々と準備をしているらしい。


 学院の中が一つにまとまっている。

 そんな感覚を俺は覚えていた。


 これは下の世界には存在しないもので、とても不思議な感じだった。


「ふぅ……」


 昼休み。

 もう前期の授業も終了しようとしていて、ちゃんと単位は取れているはずだ。留年なんてことになったら流石に申し訳ないから、勉強はしっかりと続けている。けど今は魔導競技祭典マギア・フェルスタに集中していた。


 特に──アオイのことは気になっていた。

 夭折ようせつの天才。かつては特級魔術師であるツバキさんよりも才能に溢れていた神童。その才能は失われ、全く別の原典が現れた。でも俺にはもう一つの原典は失われたように見えなかった。


 それまるで静かに眠っているかような。それを守るように別の原典が存在しているような。俺は原典に何か特別な意志のようなものを感じていた。


「アレン。今日もここなのね」

「あ。ティア」


 屋上でぼーっと考えていると、いつものようにティアがやって来た。彼女は俺の横にやってきて、声をかけてくる。


「調子はどう?」

「うーん……良くないかも?」

「えっ……そうなの?」

「ティアはアオイのこと知ってる?」

「もちろん。昔からパーティで顔は合わせているし、よく知ってるわよ。といっても仲がいいってわけじゃないけど。彼女は昔から誰にも気を許す感じはないから」

「なるほど……」


 そうだ。ティアにもアオイのことをもう少し聞いてみることにしよう。


「正直、チームワークがあまり良くないんだ。ロイドとは大丈夫だけど、アオイが妙に俺のことを敵視してる感じがして」

「敵視? なるほど。アオイの境遇は知ってる?」

「うん。シリウスさんに聞いたよ」

「サクラノミヤ家はとても厳格な家よ。私の家もそれなりに厳しいけど、あそこは特別。外との交流をほとんどせず、ただ剣を極めることを史上としている家柄。彼女がれてしまうのもおかしくはないわ」

「そっか……」


 なるほど。それはシリウスさんから聞いた話の延長のようなものだった。



「──ふぅん。そんなにアオイのことが気になるの?」



 じっとティアが半眼で視線を送ってくる。

 分岐点。ここでの選択肢は間違ってはいけない。そんな気がした。


「え、えっと……そうだ。ティアの方はどうなの?」


 どうしてだろう。俺は今は、アオイの話題をしないほうがいいと本能的に判断した。ティアのその目はどこか不機嫌な時のエレナさんに似ていたから。


「私は調子はいいわよ。〈魔弾決闘戦フェイタル・バレット〉にも慣れてきて、きっといい成績が残せると思うわよ」

「おぉ! 流石はティアだね! 楽しみだなぁ……」

「ふふ。アレンの活躍も楽しみにしているわ」


 昼休み終了の予鈴が鳴った。

 もう教室に戻らないといけない。


 去り際。ティアは呟くように言葉を紡ぐ。


「上の世界に絡みつくしがらみは、決して解けない呪縛のようなもの。私たちはいつだって血統に縛られ、逃れることはできない。でもね、アレン。あなたは違う。呪縛に囚われないあなたなら、きっと大丈夫。アオイとも、必ず分かり合えるはずよ。平凡な言い方になってしまうけれど──頑張って。私はいつだって、アレンのことを応援しているから」

「うん。ありがとう、ティア。頑張るよ」




 放課後。今日は〈解封戦域ディコード・ドミネーション〉の練習で、俺は演習場に集まっていた。すでにロイドは準備運動をしているようだった。


「アレンか」

「ロイドは早いね」

「あぁ。少し作戦を立てているんだが、聞いてくれるか? アレンの意見も欲しい」

「うん」


 俺はロイドから〈解封戦域ディコード・ドミネーション〉の作戦を聞くことになった。俺はまだ競技理解が浅いので、こうして意見を求められるのは純粋に助かった。


「ルールは単純だ。フィールドに点在する五つのノードを、先に三つ解除したチームが勝利となる。あるいは、相手チームを殲滅しても同じく勝利だ。重要なのは、毎試合ランダムに配置されるノードの位置を素早く把握し、いかに迅速に解除できるかだ」

「なるほど。じゃあノードの解除は俺が担当した方が良さそうだね」

「あぁ。アレンは戦闘でも十分通用するが、解除役としての適性は群を抜いている。この競技の難しさは、ただ魔術戦に強いだけでは勝てないところにある。魔術戦に加え、戦略的な思考が不可欠なんだ。逆に言えば、戦闘力で劣るチームでも、巧みに立ち回ってノードを制すれば勝機はある」


 俺は思考を巡らせる。

 戦略性が必要だというのは、そういう意味か。常に勝利条件は二つ。ノードを制するか、敵を倒し尽くすか。そのいずれを選ぶかは状況次第で、戦況は目まぐるしく揺れ動く。その変化の中で、瞬時に最適解を選び取らなければならない。


「もしかして、チームごとの色みたいなものがあるってこと?」

「流石はアレンだな。そうだ。ノードを囮にして殲滅戦を得意とするチーム。魔術戦はあくまで囮で、ノード解除を得意とするチーム。そしてその二つのどちらでもできるバランスチーム。主にその三つに分類される。俺たちはどの方針を取るのか。それを考える必要がある。その中でも俺たちは──」


 ロイドが話を続けようとするけど、それを遮るように別の声が響いた。



「もちろん、殲滅戦でしょ──!!」



 高らかに声を発するのはアオイだった。

 綺麗な黒髪を揺らしながら、自信満々そうな表情をしていた。


「何? ビビってるの? 相手を真正面から捻り潰すのがこの競技の醍醐味でしょ。あんたたちは私のサポートをしていればいいわ。私の刀で敵は全て捩じ伏せるから。作戦とか考えなくていいわよ」

「……アオイ。脳筋すぎる考えはやめろ。それだと足元をすくわれる」

「はぁ? じゃあ、何。私たちにちまちまノードを解除するチームになれって言うの?」

「だから、話を急ぐな。まずは俺の話を聞いてくれ」

「ふん。ま、聞いてあげるわよ」


 ロイドはどうやら、初めからそこに話を持っていきたいようだった。


「いいか。アオイはミクロ重視の魔術戦に自信があり、アレンは魔術戦も解除もこなせる。俺はどちらかといえば、戦局全体を見たマクロ的な動きが得意だ。ミクロとマクロ。俺たちの強みは何かに特化していることじゃない。全てに対応できるだけの能力が俺たちにはあると思う。だからこそ、俺が提案するのは──」


 そして俺たちは、ロイドからの提案に耳を傾けるのだった。

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