第41話 模擬戦


「模擬戦?」

「えぇ。私、自分が認めてない選手と組むとか嫌だから」

「分かったよ」

「ふん。ま、せいぜい頑張りなさい」

「……」


 うーむ。こんな調子で俺たちはチームワークを高めていくことができるんだろうか。俺が呆然と立ち尽くしていると、ロイドが近寄ってくる。


「サクラノミヤ……っと。あいつは家名で呼ぶと怒るんだったな。アレンはアオイのことは知ってるか?」

「いや、知らないかな」

「アドバイスついでに、軽く説明をしよう」


 ロイドの話から察するに、アオイ=サクラノミヤという少女は特別な人間なのだろうか。


「サクラノミヤ家は剣術の名門だ。彼女の姉の〈ツバキ=サクラノミヤ〉は特級魔術師の一人でもある」

「それは凄いね」

「あぁ。例外なく、サクラノミヤ家の人間は近接戦──特に剣術に長けている。おそらく、純粋な魔術戦なら彼女は学院でも屈指のレベルだ。そして、アオイが特別なのは……」


 その続きの言葉はアオイによって遮られた。


「ちょっと! 早くしなさいよ!」


 最後にロイドはこう伝えてきた。


「アオイは近接戦に特化した魔術師だと認識すればいい。あとはなるようになるさ」

「うん。教えてくれてありがとう」


 彼女はじっと俺のことを睨みつけてくる。


「まぁ、軽く実力を見てあげるわ」

「俺も楽しみだよ」

「楽しみ? へぇ。随分と余裕そうね」


 アオイの肉体に魔力が収束していく。次の瞬間、彼女は静かに言葉を紡いだ。



「原典解放──碧霊ヘキレイ



 その手に握られたのは、澄み渡る碧を映したような美しい刀だった。だが、それはただの武器ではない。刃に絡みつくように、魔力とは異なる何かが宿っていた。


 俺は思わずその原典を凝視する。以前に目撃した、外側から無理やり嵌め込まれた歪な原典とはまるで違う。そこには確かに、二つの存在が溶け合い、互いを響かせ合うように調和していた。


 その光景はただ美しく、神秘的ですらあった。


「原典が──二つ?」

「……っ!? あんた──どうしてそれを?」


 先ほどまでの敵対心とは明らかに質が違った。俺の言葉に、アオイは殺意にも似た鋭い威圧を放つ。息が詰まるほどの緊張感。刃を突きつけられたような錯覚すら覚える。


「まぁいいわ。さぁ──行くわよ」


 瞬間、彼女の姿が掻き消えた。たった一歩を踏み出しただけなのに、その加速は視界を裂くようで、一気に最高速に達していた。だが俺は、その軌跡をかろうじて目の端で捉えていた。


 背後から迫る斬撃に、反射的に水の壁を展開する。


「……へぇ。これに反応するんだ」


 アオイはニヤリと笑い、さらに踏み込んでくる。そこから先は一進一退の攻防だった。彼女は猪突猛進かと思えば、急に動きを止め、鋭い眼差しでこちらを窺う。その間合いの取り方は異常なほど正確で、油断すれば即座に斬り伏せられる気配があった。


 俺も水を操って攻めに転じるが、その度に彼女の蒼い刀が鮮やかに弾き返す。重さを感じさせない滑らかな剣筋。その姿は、魔術師というよりも純粋な剣士に近かった。魔術はあくまで補助に過ぎず、肉体と剣技こそが彼女の核にある。



「──面白い」


 アオイの気配は絶えず迫ってくる。鋭い剣閃が風を裂き、間合いを詰めるたびに心臓を刃先で突かれているような圧迫感が走る。


 水だけでは、彼女を攻略できない。だから俺は、もう一つの原典を開放する。


「原典解放──氷禍絶雹グレイシア


 瞬間。大地を這うように冷気が走り、アオイの足元から一気に氷が広がっていく。アオイは一瞬、驚愕の表情を見せた。


 その瞳がわずかに揺らいだ刹那。

 俺は彼女の眼前へと踏み込み、拳を寸前で止めた。


「そこまで。アレンの勝利だ」

「は……?」


 俺が氷を解除すると、アオイはものすごい剣幕で迫って来た。


「あんたの原典は水じゃないの……!?」

「あ。え、えっと……」


 やべ。つい戦うのが楽しくなってしまって、別の原典を再現してしまった。


 けど、俺たちはこれから一緒に戦っていく仲間だ。俺の原典はちゃんと教えておくべきだろう。


「俺の原典は……実は〈再現〉なんだ」

「再現? 何を再現するのよ」

「俺の魔術は〈原典を再現する〉──あまり言いふらさないで欲しいんだけど」



 そう言った瞬間──アオイとロイドの二人は、同時に目を大きく見開いた。


「……ちょっと待ちなさい。それって、マジ?」

「うん。でも、無制限、無条件に再現できるわけじゃないんだ。俺もまだ手探りだから、今は慣れている原典を再現してるって感じかな」


 ロイドはその言葉に深く頷いていた。


「なるほど……そう言うことだったのか」


 一方のアオイは、さらに大声を上げる。


「もう一回! もう一回私と戦いなさい! さっきのは油断していたというか、そんな原典だと思ってなかったから! 私も本気じゃなかったし!」

「アオイ。試合でも同じことを口にするのか? 自分の原典を隠すのも戦術だ。今回はアレンが一枚上手だった。そしてお前はアレンのことを舐めていた。それだけだろう?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 こ、怖い……今にもアオイは斬りかかってきそうだったけど。


「あぁ、もう! 分かったわよ! 規格外の原典を持っているのは置いといても、動き自体は悪くなかったわ。まぁ、認めてあげるわよ」


 アオイは手を差し伸べてくる。俺はその手をしっかりと握り返した。


「──けど、私はまだ負けを認めてないからね? アレン」

「あ、あはは……痛いってば、アオイ……」

「はぁ……まったく。この調子で本当にチームワークが成り立つんだろうか」


 彼女らしい強がりに苦笑しながらも、胸の奥には確かな安堵が広がっていた。とりあえず、アオイに仲間として認めてもらえた。


 アオイの持つ原典とその血統。

 俺は魔導競技祭典マギア・フェルスタを通じて彼女のことを知ることになる。

 

 そして俺たちは──ここから本格的に〈解封戦域ディコード・ドミネーション〉の舞台へ挑む準備を始めていくのだった。




──────────



【あとがき】

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