第32話 獣の王
『タチバナという男を知っているかね』
これに須藤は目を向いた。全くの予想外。しかもこの苗字は身に覚えがありすぎる。
『その反応、知っているようだね』
嬉しそうな声、反応を読まれたか。
「…ふむ」
どうするか、考える。彼らが探しているタチバナはおそらく修羅パンツ…橘道玄氏。彼なら名前も売れているし侵略者と称したこの者となんらかの繋がり、あるいは邪魔な存在と認識されていて不思議もない。
さて、如何したものか…一瞬の逡巡。
須藤は悩んだ末に
「知っている、だが分からない」
有耶無耶にする事にした。
『どういう意味だい?』
「いやなに、そのままの意味だ…貴方は苗字、あるいは家名という概念が分かるかね?」
『苗字?とやらは分からないけど家名なら分かるよ』
「それは良かった、まず貴方のいうタチバナ、それは家名にあたる」
『へぇ…あいつ貴族だったか』
貴族という言葉。奴の世界には身分制度があるのだな…記憶にインプットし、話を続ける。
「それは違う、我々の国に身分制度は無い。そして国民は全てのものに家名があるのだ」
『へぇ?身分制度が無いなら国の統治は誰が?』
「選挙で選ばれた代表者達が行っている、だが今は関係無いので政治の話はここまでにしよう…本題に戻っていいかね?」
『少し興味がある話だったけど、いいよ』
須藤は軽く頷いた。
「国民全員が持つ家名、その中でも比較的タチバナという家名は多いのだよ、なにせ立花か橘、字面1つ取っても幾つも違いはあるし同じ家名でも全く繋がりのない家である事もざらだ、勿論私の知り合いにもタチバナは何人も…下手をすれば何十人もいる」
『つまり?』
「私はタチバナという男を何人も知っているが、貴方が探す人物かは分からない、これが先程の知っているが分からないの答えだ」
『そうか…これは考えていなかったな、文化の違いか…』
「分かって貰えたかね?」
『あぁ、これは有益な話だった、ありがとうスドウ』
「そうかね、では次は私も幾つか確認させて貰えるかね?」
『ん?やだよ』
「なに?」
獣の王から告げられた否定の言葉。須藤はなんとか対話を試みる。
「何故かね?互いに知りたい事はあるだろう、こちらの問いに答えたら私も1つ答える…どうだ?」
『面白い提案だ、でも君は期待ハズレなんだよね』
期待ハズレ…?
「どういう事かね?」
『ここまで来れる実力があるなら君があいつの関係者という線も考えたんだ…この部屋は少し変わっていて、肉体の深度が100を超えないとこちらには来れないから』
「100?レベルの事か?」
『答える気は無いよ、とにかくタチバナと関わりが示せない時点でこちらとしては用無しなんだ、私のところじゃないにしろ…誰かの所が当たりを引ければいいからね』
「誰かの所…ここ以外でもこうなっているのか!!」
『どうだろうね』
ゴウッ!!
「ぬぅ!?」
獣の王の言葉と共にジリジリと後退する身体。一体何が…背後から感じる圧に、振り返ると…
「なっ!ゲートか!?」
渦を巻き、それが須藤を飲み込もうとしていた。
『ふふっ、面白いだろう?普段は絶対出来ないけどこの部屋ならこんな事が出来る』
「私をどうするつもりかねっ!」
『別にどうも?私はここから追い出すだけさ』
「チッ!」
須藤は吸い込みに対抗しようと魔力を練り、床を殴って拳をめり込ませようするが
「ぬっ!?」
『ははは!言ってなかったね…その部屋は全てに不壊が付与されてる、絶対に壊せないよ』
「為す術無しかっ!」
『まぁそういう事、ゲートの向こうで生き残れるかは…君次第だね』
「は、まるで私が1層ごときで死ぬ様な言い草では無いか」
ゲートに身体の半分が飲み込まれた須藤が捨て台詞のつもりで言い放つ。
『そうなるかもよ?何せ1層と2層は他の王にあげちゃったからね、今どうなってるかも分からない』
「何?それはどういう…」
『じゃあねスドウ、もう会うこともないだろう』
「ぬうぅ…」
そして頭部以外の全てが吸い込まれ、視界が暗闇に飲まれる寸前…
『タチバナ…二刀の剣士…君はどこに行ったのやら…』
この言葉を耳にした。
待て…二刀?
修羅パンツは一刀流の筈…誰を探している?私は思い違いをしていたのか?
「まっ…」
この言葉を最後に須藤はゲート…その暗闇と浮遊感に飲まれて行き……
再度開けた視界の先は
「墓場…か?」
西洋の墓所を連想させる地形に変化していた。
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