第34話 カンノーリ
エクレアさんは筒状に巻いた生地の揚げ物を取り出し、中心部にしぼり袋でクリームを注入していく。
「生地がパリパリのまま食べられるように、直前にクリームを入れるのがベストなんです。本来はクリームチーズを使用しますが、夏はアイスクリームをいれてもいいですね。少し洋酒で香り付けすれば、大人っぽい味になりますよ」
「美味しそう……それに食べ歩きしやすそうなサイズ感ですね」
このままでも十分食欲をそそるが、エクレアさんの手元にはトッピングらしき物が準備されている。ピスタチオ、オレンジピール、チョコレート、アーモンド……。
「これ、トッピングを組み合わせて選べるようにしたら楽しそうですね」
「それもいいですね。では、何のトッピングにしますか?」
あれやこれやと言いながら食べ比べてみる。ああ、猫の手じゃなくて人間の手で食べたい! めちゃくちゃポロポロ落ちる。
「さっぱりして美味しい。甘いのが苦手な人も食べやすいんじゃないか」
途中から使用人にも試食してもらったが好評だった。少し改善点なども話しあい、カンノーリをピールの目玉商品とすることで決定した。
そしてスイーツの試食や日帰り出張を幾度か繰り返した頃、シュークリームがいるプロフィトロール領を訪れることになった。もう魔法学校も夏休み終了間近だ。ピール領はまだまだ暑いが、プロフィトロール領は少しだけ秋の気配が漂っているらしい。
「今回は泊まりなんだ。あそこはかなり遠いから」
「へぇ、泊まりは初めてですね……ん?」
そういえば、夜はどこで寝ればいいんだろう。今まで日帰りだったので気にする必要がなかった。国外追放のはずのマカロンがいるのも、猫のために一部屋用意してもらうのもおかしい。
「あ、でも猫ならどこででも寝られるか……」
ボソッと呟いた言葉を、オランジェットが拾う。
「どうにかするから大丈夫だよ」
そして、数日後。シュークリームの屋敷に到着した私はびっくりした。広大な敷地に宮殿のような豪奢な建物。庭なんて森みたいに広い。爵位に資産は関係ないんだろうか。
「ようこそ、オランジェットにムース!」
出迎えてくれたシュークリームに連れられて屋敷の中に入ると、使用人がズラッと整列して会釈してくれた。
「すみません、こんにちは……」
挙動不審になりながら私は使用人の花道を通り過ぎる。シュークリームとオランジェットは気にせず雑談を続けている。
「疲れただろ。パティシエ達をここに呼んでも良かったのに、後で街に行くのか?」
「観光してみたいとムースが言うもので」
オランジェットは私に視線を送って優しく微笑んだ。最近、笑顔が慈愛に満ちている気がして気恥ずかしい。私はボソボソ早口で「街から見える万年雪が山頂を覆った山が絶景だと聞きまして」と言い添えた。
「ピールとは街並みも結構違うし、散歩するだけでも楽しめると思うよ。郷土料理が食べたいと聞いたから、ランチはラクレットチーズに決めたんだ。赤身に甘みのあるプロフィトロール牛や高山育ちのジャガイモに付けて食べたら最高なんだぜ」
何それ、美味しそう! 猫舌がどこまで耐えられるか忍耐が試されそうだ。
「こっちがオランジェットの部屋。こっちがムースの部屋」
並びの二部屋を示される。
「……私にまで部屋を?」
猫に一部屋? いや、この屋敷の規模なら飼い犬に一部屋でも与えかねない。専属の使用人までいそうだ。
「当たり前だろ」
シュークリームはニッコリと笑った。
「では、ありがたく……!」
使用人達がそれぞれの部屋に荷物を運び入れてくれる。キャンディがナイトドレスなど準備してくれておいてよかった。夜は人に戻って眠れそうだ。
昼食を食べ、シュークリームと一緒にスイーツのお店を巡りながら街を探索する。シュークリームはどこに行っても街の人々から声を掛けられ、愛想良く返していく。なんなら冗談を言って笑わせている。
「すごいコミュ力ですね、シュークリームさん」
「俺、人と話すのが好きなだけだよ」
笑顔が眩しい!
そして何事もなく夕食まで終えた私たちは、それぞれ自室に戻ることになった。部屋に戻る瞬間まで使用人がいるので、猫から人間に戻るタイミングがない。
自室に入ると、すぐに廊下側のドアに耳を付けて使用人の足音が去るのを待った。しかし、いざ出ようとすると、オランジェットの部屋のドアが開く音が聞こえた。
私が勢い良くドアを開けると「びっくりした」と目を見開かれる。驚いたところを初めて見た。貴重だ! 動画に収めたかった!
「今、そちらに行こうと思ってたんだ。何か用?」
「人の姿に戻してもらえません?」
声を潜めて言う。
「それはまた後で。それより、今から付いて来てほしい場所があるんだ」
「?」
(つづく)
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