第19話 ヒロインとの再会

 小さな炎はボールのようにアンミツに向かってふよふよと放物線を描いた。その速度のなんとゆったりしていることか。


 アンミツに困惑の表情が生まれたが、炎のボールが手元に来た時、パシッと両手で潰した。蚊かな?微かな火花が飛び散った後、変な間が流れる。


「本当にマカロンか……?よく見たらそんな質素な服着るか?もしかしてそっくりさん?でもさっき俺の名前呼んでたような……。え?気のせい?」


 アンミツがブツブツ言っている。私は少しずつ後退し、窓に手をかけて強く押した。


「さよなら!」


「あ、おい!」


 幸い鍵が掛かっていなかったので、解放された窓から外へ飛び降りた。中庭だ。一階で助かった!


 スカートのすそをたくしあげ、私は草木が無造作に生い茂る庭をあてもなく全力疾走する。これからどうしよう? 猫には自力で戻れないし、変装でもして馬車でピール領へ帰るしかない?


「待て、マカロン!」


 窓からうまく飛び降りれず、着地に失敗したアンミツが叫んでいる。彼は運動神経が悪い。今のうちに距離を離そうと、目の前に現れた高い生垣が幾重にも重なっている場所へ走りこむ。迷路になっているようだ。


「そこへ行くな!!」


――迷路の攻略方法って、壁に沿って歩くんだっけ?!


 美しく整えられた葉っぱの壁を両脇に見て、息切れしながら進み続ける。めちゃくちゃ広い。進み続けると、パッと視界が開けた。思わず立ち止まる。


 生け垣の迷路にぽっかりと開けた空間には、美しい装飾が施された噴水と、一脚のテーブルが設置されていた。


 テーブルには、スコーン、クロテッドクリーム、イチゴジャム、紅茶ポットと一脚のティーカップが置かれている。


 そのティーカップにゆっくりと手が伸びる。茶織さおりだ。彼女は一人で座っていた。


「久しぶりですね、マカロン」


 ゆっくりと紅茶をすすり、優雅に微笑んでいる。心臓がバクバクする。


「……久しぶりね」


 今日は嫌な一日だ。なんで茶織にまで会うんだろう。


「今日はあなたに会うために、ここを訪れました」


「アンミツにここに連れて来られたと思ってたんだけど、あなたも関係しているの?」


「いいえ、アンミツが全て仕組んだことです。猫の精霊が財政再建のために頑張っていると、貴族の間では話題ですよ」


 そうして私の方を見る。


「今回の結婚式が失敗すれば、ピール領の観光事業に泥をぬれるでしょう?ねぇ、猫の精霊さん」


「私はマカロンよ」


「そう、あなたはマカロン。この世界の悪役です」


「悪役といえば悪役ね。あなたをいじめていたから」


 そう私が言うと、「それは問題ありません」と茶織は微笑みながら返した。


「今日はお願いしに来ました。ショコラアワーへオランジェットと行ってもらえませんか?」


 ショコラアワーとは、この世界の中央にある島に横たわる巨大な日時計。チョコレートで出来ており、溶けないように氷魔法を掛けられている。


 溶けたら世界が崩壊するという伝説がある。


 原作ゲーム内では、どのルートでもマカロンがショコラアワーを破壊しようとして失敗している。


「茶織は予言の力で何か見たの?」


 この先に何か起こるか知ってる。茶織が持つ予言の力なのか、もしかして私と同じ転生者だろうか。


「予言の力ではなく、知っているんです。物語を最後まで読んだ人のように。全ては順調でした、昨年のクリスマスまでは」


 茶織はティーカップの縁を触りながら、「あなたの周りだけ、イレギュラーが多いんです」と困ったように言う。


「私、イレギュラーが苦手で。どうにか私の知っている物語に戻さなきゃいけないと体が動いてしまうんです。あなたがここへ現れると知ったのは、私が千里眼を使ってアンミツがあなたの誘拐を計画しているのをたまたま知ったから。物語から外れると、私も先がわからないんです。だから私が自分の力でどうにかしないと、元に戻らない」


 そう言って茶織は立ち上がると、静かに私に近付いてきた。まっすぐに私を見て、気持ちが見えない表情で、手が届くほどの距離で立ち止まる。


「余計なことをしないでください。運命に身を任せてください。私を苦しませないでください」


「……私は、オランジェットを助けたいのよ。放っておいたらオランジェットがどういう未来を辿るのか、あなたは知っているんでしょう?」


「私より彼のほうが大事なんですか?」


 そんな究極の質問みたいなことを言われても。


「あなたもオランジェットも幸せになる未来はないの?」


「わかりません。私だって、あなたたちが消えてなくなればいいなんて本当は思っていません。でも、物語通りに進まないと、何か得体のしれないものに引っ張られて私がいなくなる恐怖を感じるんです。頭がおかしくなりそう!」


「あなたは以前の茶織とは別人みたいね」


 私が知っているゲームの茶織は、いつだって穏やかで声を荒げたりしない。自分の考えを人に押し付けたりしない。こんな風にうらめしく人を見たりしない。


「それを言うなら、あなたこそ。あぁ、私も行かないと。私のせいで未来が変わってしまう。マカロン、また今度会いましょう。今日のところは私がピール領へ返してあげます。あなたがここで誰かに見つかっても、それはそれで未来が変わってしまうでしょうから」


 そう言って茶織は私を指差し、指揮の棒のように振った。体と意識が分離するような浮遊感が襲う。瞬きをしたタイミングで景色が変わった。


 海だった。丁度ココアとフロランタンが誓いのキスとしようとするところだ。海辺に設置されたベンチに座る結婚式列席者の人々は、みんな前を見ている。


 すると、突然頭から何か布が覆いかぶさった。何事かと見上げると、オランジェットが動揺した顔で、「マカロン、移動するぞ」と声を抑えて言った。


 私たちは周囲を気にかけながら海に常設されている更衣室の入り口へ移動した。キスシーンで良かった。死角になっており、誰にも見えない。頭の布はどうもオランジェットの上着のようだ。


「何があった?どうしたんだその格好は。」


 オランジェットの視線を辿れば、ドレスはところどころ濡れてボロボロだ。


「アンミツに転移魔法で引っ張られたんです。どこかわからない場所に。それでどうにか戻って来て……」


 茶織のことを伝えるのは避けた。


「アンミツが?」


 海辺で歓声が上がる。キスしたのだろう。これが終われば、次は披露宴会場となるレストランへ移動となる。


「私の話は後でゆっくりします。これ以上お話しできることもないですけど。それより、アンミツが結婚式を邪魔するかもしれません!どうにか防がないと!」


(つづく)


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