スイーツ観光で、転生した悪役令嬢ですが推しの破滅フラグを回避します!

陶子

断罪編

第1話 推しと出会う

 最初に旅した国はカナダだった。CGのように全天をぬらぬらと動くオーロラを見た時の感動は忘れられない。


 それからはタイ、ブラジル、イギリスなどさまざま国を巡り、私は念願の旅行会社に就職した。


 夢見た職場だったはずなのだが、実際のところうちの職場はいわゆるブラックで、サービス残業は当たり前。システムのミスで予約がダブルブッキングした際は、キャンセル費用を給料から天引きされた。


 唯一良かったところは、添乗員として世界各地に行けること。約7年弱勤めて旅の企画から案内まで行い、世界各地を飛び回った。


 そんな旅好きの私がハマったのが、友人から勧められた乙女ゲーム。長時間移動する際の暇な時間にもってこいなのだ。


 特に、スイーツをイケメンに擬人化した『イケメンスイーツ・ティーパーティー!〜甘い運命が私を導く〜』、通称『イケスイ』は私の人生で最も愛した作品だ。美麗なイラストとキャラの豊富さで人気を呼び、関連小説やグッズまで幅広く販売されていた。


 そしてクリスマスの夜。イケスイのクリスマス限定イベントゲームを自宅でコタツに入りながら楽しんでいたところ、胸と左肩をギュッと締め付けられるようなかつてない痛みに襲われた。


――痛い、痛い、痛い!


 体を縮こまらせ呼吸が荒くなり、意識が飛びかけては痛みで覚醒することを繰り返し、やがて視界はブラックアウトした。


 次にパッと目の前が明るく戻った時、私はきらびやかなダンスホールに立っていた。


 高い天井には豪奢なシャンデリアが無数に吊り下げられ、室内が広すぎて端っこにいる人の顔さえよく見えない。バランスよく配置されたテーブルには、クリスマスを意識したようなスイーツや軽食が準備されていた。一番奥の壁には、国旗が掲揚されている。


 この場所には見覚えがある。イケスイのスチルで見た王宮のダンスホールだ!


 次第に、さっきまでコタツでゲームをしていた経験は映画を見た時のように少し遠いものに感じられ、今の体の記憶が鮮明になっていく。私はこの世界を窮地に陥れるマカロンという悪役令嬢。


 私は死んで、イケスイの世界に転生したらしい。


 動揺で体が震えると、「どうされましたの?」とマカロンの取り巻きらしい女の子たちが心配そうに声を掛けてくれた。


「いえ、なんでもないわ。そこのあなた何か飲み物ををををを!」


――ぎゃあああ!良い匂いがしそうなキャラNo. 1でパチンカスなフレジエに、マッチョで実は乙女なシュトーレン!

 え、待って? 人懐っこくてS気質なシュークリーム君と、俺様系なのに打たれ弱いショートケーキ王子がわちゃわちゃしてる!


 彼らはマカロンのクラスメイトなので毎日顔を突き合わせていたはずだが、前世の記憶が蘇った後では感覚が全く異なる。


「マカロン様!? やっぱり調子が悪いのでは?」


「いやあの、大丈夫です、大丈夫」


 私は血走った目で、右手で虚空を掴みながら親指を高速連打で動かしていた。エアスマホだ。スチルで保存しようと無意識に手を動かしている。


 推しは、私の推しはどこ……いや、待てよ? クリスマス? 二年生のクリスマス……。


 私は青褪めた。ショートケーキ王子の隣に、先ほどまではいなかったロングヘアの女の子がいる。ヒロインの茶織さおりだ。上品な淡いグリーンのドレスは、スチルで保存したシーンに映っていたからよく覚えている。


 ショートケーキ王子は険しい周囲を見渡す。すると、ダンスホールから立ち去ろうとする私と視線がバチッと合った。遅かった!


「マカロン!!!」


「……ハイ」


 会場の視線が一斉に私に集まる。


「お前、茶織に数々の嫌がらせをしているらしいな」


 これは事実。このマカロン、かなりの性悪。今は前世の私の意識が勝っているけど、茶織にした数々の嫌がらせは頭に残っている。本当に悪いことをした。


「その通りです」


 私はゆっくりとショートケーキ王子と茶織の元へ歩いて行き、立ち止まった。


 茶織は間近で見ると本当に可愛い。透明感のある肌、サラサラの綺麗な髪、そして宝石のように美しい瞳の中には小さなハートがあった。茶織は棒立ち状態で、無表情で私を見つめてくる。

 

 一瞬立場を忘れて見惚れていると、茶織を庇うようにショートケーキ王子は私の前に立ちはだかった。淡い色の黄色い髪、苺のように赤い瞳、白いスーツ。まさにショートケーキのようだ。


 私は深々と頭を下げた。


「茶織、あなたを傷つけたこと、許されるわけではありません。怖い思いをしたでしょう。本当に申し訳ありませんでした」


 会場中がザワザワとした。


『あの気高いマカロン様がなぜ!?』


『何か茶織に弱みでも握られているのでは?』


『やだ、嫌がらせって本当?』

 

 ショートケーキ王子は、「同情を買おうとしているのか?」と鼻で笑った。


「心から申し上げているのです」


「信じられないな。学園の風紀を乱し、他の生徒を先導した罰として国外追放とする!」


 会場内は騒然とする。言われた私としては、どうしたらいいのかわからない。ゲーム内では捨て台詞を吐いてマカロンは去っていくのだが、その後の詳しい詳細はわからない。次に登場するのは、もっと先でヒロインと対峙する場面だ。


 私が戸惑った様子でオロオロしていると、「出て行けと言っているんだが」といぶかしげに王子が言った。


「でも殿下、私はどこへ行けば?国外追放ということは、一度家に荷物を取りに戻っても良いのでしょうか? それとも、このまま誰かに連行されて国外へ放り出されるのでしょうか?」


「それはだな……」


 王子は暫く考え込んだ後、「オランジェットはいるか?」と人々を見渡しながら声をかけた。


「なんでしょう、殿下」


 群衆の中から現れたのは、オレンジ色の髪の少年。


「マカロンを国外へ追放しておいてくれないか?」


「わかりました」


 オランジェットはため息を吐いて私を見下ろした。オレンジ色の瞳には、私が見惚れてポーッとした姿が映っている。


 推しが来たぞ。


(つづく)


【キャラクターイメージ画像】

マカロン・オランジェット・茶織

https://kakuyomu.jp/users/mori-leo/news/16818622177487932827


ショートケーキ・シュークリーム・シュトーレン

https://kakuyomu.jp/users/mori-leo/news/16818622177520869923


☆あとがき☆


読んでいて楽しくなる、王道で楽しい話を目指しています。

スイーツのキャラクター名をそのまま使うことに若干抵抗があったんですが、わかりやすくていいなと思ってそのまま採用しました。


悪い人も出て来ますが、できるだけ二面性をもたせて、憎めない感じのキャラたちを描いていけたらなと思っています。


「宮殿から飛びだせ!令嬢コンテスト」へ応募しております。


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