第一話 箱庭

 多色に彩られたステンドグラスから、暖かいひだまりが射し込んでいる。

 子供達は教会の横長い椅子にかけて、目をつぶって、一生懸命にお祈りをしていた。

 いつも見守ってくれて、ありがとうございます。美味しいご飯をありがとうございます。試験を通してくれてありがとうございます。そんなことだ。

『お祈りを終えて、顔を上げてください。皆さん、よく出来ましたね』

 優しげな女性の音声が、聖堂内に響いた。清廉な教会に似合う透明感のある声は、肌身に染み入るようだ。


 僕は両手を胸の前で組む、お祈りのポーズをしたまま、聖堂奥にそびえる像を見上げた。首を少し伸ばさないと視界に収めきれない大きさ。聖堂の天井までを埋める彫造は、慈しみと静かな強さを湛えた女性の姿をしている。

『お疲れさまでした、私の愛する子供達。それでは、下校の時間ですので、寄宿舎へ行きましょうね』

 巨大な女性像から慈悲のある声が鳴る。彫像の中には、声の主であるAIモデル『パストラル』の制御中枢が格納されていた。


「はい、〝お母さん〟」

 子供達は合わせようとしたわけでなく、ごく自然に同じタイミングで発して、綺麗に声が合わさって反響した。身に染みついているのだ。僕らは施設で育って十五年にもなるので、もう勝手に揃ってしまうのだった。

 


 僕らが暮らすのは人工知能統治都市ノヴァ・セントラル——その外れにある、人工人類開発施設ハウスというところだ。人々は生まれた時から、いや、産まれる前からAI達の管理下にある。

 管理者である〝お母さん〟——AIモデル『パストラル』は、赤ん坊の取り上げから、育児、教育、施設に必要な物資の管理、子供たちの相談相手まで何でも行う。もちろん一機だけというわけではない。施設内には常時、何十機というロボットが稼働していて、彼らを『パストラル』が統括管理している。

 ノヴァ・セントラルの人々は、ほぼ全員が施設ハウスの出身である。AI達によって遺伝子を可能な限り優秀なものへ編集され、教育を受ける。十五歳になったらノヴァ・セントラル内へ出ていき、治安維持軍や各庁でAI達の統治を手助けするのだ。

 


「シェラ」

 聖堂からの帰り道、友人の男の子が僕の肩を叩いて声をかける。彼が僕を追い越していって、ざんばらに切ってある銀髪が揺れるのが見えた。くるりと振り返って得意げにニンマリとする。

 施設に居るのは、併設された研究所でAI達がゲノム編集を行い、人工胎盤から産まれた子供だけだ。人工胎盤から産まれてくる子供達はみんな銀髪で、浅黒い肌という外見を持ち、名前も『〜ラ』で統一される。だから僕はシェラだし、この男の子はゼスラである。


「なに? ゼスラ」

「今度さ〜実地研修あるだろ? お前は知育省の補佐官だから気楽だけど、おれは軍だからさあ……」

「気楽だなんて、失礼だなあ。知育省がなかったら人間の育つ場もなくなるよ。肉体労働の有無でいえば、ゼスラの方が大変だっていうのは理解するけどね」

 気の置けない仲であるゆえの粗雑な言われように、シェラは早口で反論する。するとゼスラは苦々しい顔をして仰け反るような仕草をした。

「昔からヘリクツ魔神だったけど、近頃悪化してんぞ! ……まいいや。でな、どうもセクター5に行かされるっぽいから、地理を復習しときたくて」

「ああ、ネイティブのところだね」

 シェラが言い当てると、ゼスラはそうなんだわあ、と言って項垂れる。


 ノヴァ・セントラルが設計された当初、人類はまだ選べる立場にあった。統治権がAIへと移譲されてからは、自然妊娠によって生まれた人々は、セクター5などの周縁部へと押しやられていった。共存に反発する者達は、国外移送、冷凍保存、あるいは処置を施されたとも言われている。——AI達にまだ「人間のかたち」を模倣する余裕がなかった時代の話だ。

 〝ネイティブ〟は、施設以外で生まれた人々のことを指す。彼らはAIが都市統治を担うようになってからも反抗を繰り返した。今は、その末裔がセクター5という区域でひっそり生活している。最近ではAI達の治政もあって、存在感が薄い。

 施設生まれのシェラからすると、望んで苦労を買って出ている奇妙な種族、みたいな認識だ。AI達の統治が完璧であるのは、ノヴァ・セントラルだけが繁栄し、それ以外の国々が滅んでいった歴史が証明している。


 

 教室に戻ってくると、ゼスラと机をくっつけてノートと教科書を開く。一日の授業はもう終わっているので、寄宿舎に戻る時間までは自由だ。

「え〜と……セクター4と繋がるゲートってここかよ! 分かりづれぇ!」

「いや、それは分かるでしょ……」

 思ったより地理知識が壊滅的なゼスラに、シェラは苦笑する。一通り習っているはずなのだけど。


 ノヴァ・セントラルは中心のオルディヌム中枢区から円状に各セクターが広がる。さらにその外周に外郭部アウタードーム、その外れに施設ハウスが点在していた。

「まずいよな〜。おれ、『ジェネラル』にキレられたりねえかな? 超怖いAIらしいじゃん!」

「怒る? 〝お母さん〟だって怒ったの見たことないのに。『ジェネラル』は治安維持軍のAIだから、役割上、外見を怖く見せてるんだよ」

 ゼスラは一体どこからそんな話を聞いてくるんだろう、と不思議に思う。

『ジェネラル』は治安維持軍の管理AI。ちなみにその上には、『プルミエル』という都市すべてを管理するAIもいる。


 AIは人間みたいに取り乱したりしない。けれど、〝お母さん〟と接していると、全く感情を持たない……わけじゃないのだと分かる。施設の子供達は誰だって〝お母さん〟が好きで、〝お母さん〟も僕らを好きだから。

 シェラもまた、幼い頃にゼスラと喧嘩して落ち込んでいたところを、大きな愛情で包み込んでくれた〝お母さん〟を愛していた。

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