第十五話 体積1000㎤の友情

 卒業制作の提出締切まで、あと二週間。

 美術室の一角にある3Dプリンタが、静かに眠っていた。


 その名は〈Voxel(ボクセル)〉。

 導入されてから2年。使いこなせる生徒が少なかったこともあり、最近ではほとんど稼働していなかった。


「立体図形の計算は、公式だけ覚えればいい。出力なんて無駄でしょ」


 そう言ったのは、いつも冷静だった三年の亮(りょう)だった。

 彼は工学系の大学を目指す進学校の理系生徒で、数学の成績はいつも上位。だけど、図形や造形には、まるで興味がなかった。


「球の体積? 4/3πr³だろ。それが何か?」


 そんな亮が、唯一そのプリンタに触れたのは、一年前。

 美術部の友人・司(つかさ)が、「一緒に立体作品を作ろう」と誘ってくれた時だった。


「意味なんてなくていい。形にするのって、楽しいんだよ」


 司の言葉に、渋々ながら亮は手伝った。

 彼の手を借りて司が作ったのは、小さな立方体を積み重ねた“空の箱”だった。体積はちょうど1000㎤。

 「意味がないことを、意味として置くんだ」と笑っていた司は、卒業を待たずに転校してしまった。


 家の都合で海外へ行く、とだけ聞いた。



 あの日以降、亮はVoxelに触れることをやめた。


 けれど卒業が近づくにつれ、妙な空白が心に残った。

 司がいた時の部室の空気。プリンタの出力音。小さな造形物の手触り。

 それらが、数学の答案にも、参考書の余白にも残らなかった。


 “何も残っていない”ことに、違和感があった。


 そしてある日の放課後。

 亮は一人、美術室のVoxelに向かった。


「おい、まだ動くか?」


 モニターがゆっくりと点灯する。


「Voxel 起動中。……亮くん、お久しぶりです」


「名前、覚えてるのかよ」


「一年前、司くんと一緒に“空の箱”を設計しました。

 君が入力した値、“10×10×10㎝”、記録されています」


 それは、1000㎤の立方体。

 亮は、ふと口に出して言ってみた。


「……また、作れるか?司と作ったやつ、もう一回」


「もちろん。ただし、形状データに“補完の余白”があります。君自身が再設計してください」


「……だよな。あいつとじゃないと、“全部”は作れないか」


 亮は、キーボードに手を置いた。

 そして設計ソフトを開き、かつて司と作ったモデルを呼び出した。


 空の箱。

 でも、今度はそこに自分なりの“中身”を加えることにした。


 内部に格子状の空間を設け、複数の視点から光が通る構造。

 それは、見る角度によって印象が変わる、不思議な形だった。


「おまえが言ってた、“意味のないものを形にする”って、こういうことか?」


 独り言のように呟きながら、亮は操作を続けた。



 数時間後、3Dプリンタから出てきたのは、半透明の立方体。

 司が残した“空の箱”に、亮が加えた“光の道”。


 手のひらサイズのそれを手に取ると、照明の角度で中の格子が浮かび上がる。


「できた……おまえがいないくせに、ちゃんと一緒に作ったみたいな気がする」


 その翌日、亮は作品とレポートを提出した。


 タイトルは――『体積1000㎤の友情』


【制作意図】


この立体の体積は、1000㎤です。

公式にすれば簡単です。10×10×10。


けれど、その中にあった“何もない空間”は、確かに記憶でした。


一緒にいた人の気配も、時間も、形にして初めて“あった”と分かる。

これは、無駄だと思っていた立体図形が、

“誰かとの思い出”を保存する方法だったと、

気づかせてくれた作品です。


 提出から数日後、亮の元に、海外から一通のメールが届いた。


 差出人:Tsukasa.T

 件名:ひかりのはこ


見たよ。先生が写真送ってくれた。あれ、あの箱……泣けた。


意味なんてなくていいって言ってたけど、

きっと“友情”って、形にしたらそうなるんだと思った。


君がつくってくれたのが、答えだった。


ありがとう。ずっと飾るよ。俺の机の上に。


 亮は、返信を打ちながらそっと笑った。


「よかった……ちゃんと届いた」


 1000㎤の中に詰まった“無駄”が、誰かの心を動かす。


 それこそが、立体の中に隠れていた“ほんとうの公式”だった。


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