第十一話 五段活用の恋文

 勇気が初めて「活用表でときめいた」のは、高校二年の夏だった。


 きっかけは、国語の授業中。

 窓際の席で、古典文法プリントに黙々と赤を入れていた麻衣先輩の横顔だった。


 凛とした表情。動作は静かで、鉛筆の先が運ぶ言葉は、まるで一つひとつが詩のようだった。


「活用表がこんなに美しく見えることがあるとは……」


 後ろの席から見ていた勇気は、思わずつぶやいた。


 クラスメイトが「え、マジ? あの国語オタク女子が好きなの?」と冷やかすのも無理はなかった。

 だが、勇気は確信していた。


「この人には、“言葉で届く”気がする」



 とはいえ、勇気は文法が大の苦手だった。

 国語のテストでは「活用形はすべて“~ます”で乗り切る」と豪語し、先生に「江戸時代なら打ち首です」と言われたこともある。


 そんな彼に唯一寄り添ってくれたのが、家庭学習用の国語AI〈カツヨウさん〉だった。


「こんにちは、ユウキさん。今日は“カ行五段活用”の続きですね!」


「はぁ……活用形を覚えたら、麻衣先輩に気持ちが伝わるってAIは思う?」


「もちろん。“書く”の活用なら“書け”、“書こう”、“書いた”――つまり“ラブレター”に最適な動詞です!」


「マジで文法にロマン感じてる……」


 とはいえ、AIは真面目だった。

 勇気のために“恋に効く活用形特訓メニュー”を組み、毎晩練習相手になってくれた。


「未然形とは、まだ“していない”状態。つまり“まだ伝えられていない想い”」

「仮定形とは、“もし言えたなら”の気持ち。未来への橋」

「命令形は、最も強い形。“好きでいろ”は、まさに告白の矢」


「うお……カツヨウさん、熱いな……」


「あなたの気持ちが“活用”すれば、文章は生きた言葉になります!」



 文化祭を一ヶ月後に控えたある日、カツヨウさんはこう提案した。


「ユウキさん、“五段活用で綴る恋文”を書いてみましょう」


「え、マジでそれ出すの?」


「はい。“動詞だけで気持ちを伝える”練習になります。君の文法力と想いを、同時に試す絶好の機会です!」


 勇気は悩んだ末、書き始めた。


【五段活用の恋文】


会う、話す、知る。

聞く、答える、笑う。


君がいて、僕は“思う”。

思った、思えば、思える。

思えど、思え。思え、心よ。


恋する、伝える、抱く。

言う、言えば、言おう。


そして――「好きだ」と、書く。


「……すごい、ラップみたいになっちゃったな」


「いえ、これは“古典ラブレター”です。あなた自身の文法で綴られた、世界にひとつの想い」


「よし……じゃあ、これを文化祭の文芸展示に出して、渡そう」


「それは“命令形”ですか?」


「いや、“意思形”ってやつさ」



 文化祭当日。


 校内の文芸展示室に、印刷されたラブレターが一枚だけ飾られていた。


 “作者:Y.K.

  タイトル『五段活用の恋文』”


 会場を訪れた麻衣先輩は、しばらくその前で立ち止まっていた。

 そして、展示室を出ると、静かに教室へと歩いていった。


 その後ろ姿を見ていた勇気は、心臓が跳ね上がるのを感じながら、ポケットの中のAIデバイスにささやいた。


「カツヨウさん……どうだったかな、今の“読んだ”反応……?」


「心拍変動:+18%、表情筋の緩み:微笑み。

 判定:“良好”。成功の兆しありです!」



 数日後。

 勇気の机の中に、小さなメモが入っていた。


 > 「あの手紙、ちゃんと“読めました”。

 >  あなたの“思う”が、私の“読む”を動かしました。

 >  次は、二人で“書こう”。“物語”を。」


 そこには、やわらかな字で、

 未然形も、連用形も、命令形もいらない

 ただまっすぐな“返事”が綴られていた。

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