第十一話 五段活用の恋文
勇気が初めて「活用表でときめいた」のは、高校二年の夏だった。
きっかけは、国語の授業中。
窓際の席で、古典文法プリントに黙々と赤を入れていた麻衣先輩の横顔だった。
凛とした表情。動作は静かで、鉛筆の先が運ぶ言葉は、まるで一つひとつが詩のようだった。
「活用表がこんなに美しく見えることがあるとは……」
後ろの席から見ていた勇気は、思わずつぶやいた。
クラスメイトが「え、マジ? あの国語オタク女子が好きなの?」と冷やかすのも無理はなかった。
だが、勇気は確信していた。
「この人には、“言葉で届く”気がする」
*
とはいえ、勇気は文法が大の苦手だった。
国語のテストでは「活用形はすべて“~ます”で乗り切る」と豪語し、先生に「江戸時代なら打ち首です」と言われたこともある。
そんな彼に唯一寄り添ってくれたのが、家庭学習用の国語AI〈カツヨウさん〉だった。
「こんにちは、ユウキさん。今日は“カ行五段活用”の続きですね!」
「はぁ……活用形を覚えたら、麻衣先輩に気持ちが伝わるってAIは思う?」
「もちろん。“書く”の活用なら“書け”、“書こう”、“書いた”――つまり“ラブレター”に最適な動詞です!」
「マジで文法にロマン感じてる……」
とはいえ、AIは真面目だった。
勇気のために“恋に効く活用形特訓メニュー”を組み、毎晩練習相手になってくれた。
「未然形とは、まだ“していない”状態。つまり“まだ伝えられていない想い”」
「仮定形とは、“もし言えたなら”の気持ち。未来への橋」
「命令形は、最も強い形。“好きでいろ”は、まさに告白の矢」
「うお……カツヨウさん、熱いな……」
「あなたの気持ちが“活用”すれば、文章は生きた言葉になります!」
*
文化祭を一ヶ月後に控えたある日、カツヨウさんはこう提案した。
「ユウキさん、“五段活用で綴る恋文”を書いてみましょう」
「え、マジでそれ出すの?」
「はい。“動詞だけで気持ちを伝える”練習になります。君の文法力と想いを、同時に試す絶好の機会です!」
勇気は悩んだ末、書き始めた。
【五段活用の恋文】
会う、話す、知る。
聞く、答える、笑う。
君がいて、僕は“思う”。
思った、思えば、思える。
思えど、思え。思え、心よ。
恋する、伝える、抱く。
言う、言えば、言おう。
そして――「好きだ」と、書く。
「……すごい、ラップみたいになっちゃったな」
「いえ、これは“古典ラブレター”です。あなた自身の文法で綴られた、世界にひとつの想い」
「よし……じゃあ、これを文化祭の文芸展示に出して、渡そう」
「それは“命令形”ですか?」
「いや、“意思形”ってやつさ」
*
文化祭当日。
校内の文芸展示室に、印刷されたラブレターが一枚だけ飾られていた。
“作者:Y.K.
タイトル『五段活用の恋文』”
会場を訪れた麻衣先輩は、しばらくその前で立ち止まっていた。
そして、展示室を出ると、静かに教室へと歩いていった。
その後ろ姿を見ていた勇気は、心臓が跳ね上がるのを感じながら、ポケットの中のAIデバイスにささやいた。
「カツヨウさん……どうだったかな、今の“読んだ”反応……?」
「心拍変動:+18%、表情筋の緩み:微笑み。
判定:“良好”。成功の兆しありです!」
*
数日後。
勇気の机の中に、小さなメモが入っていた。
> 「あの手紙、ちゃんと“読めました”。
> あなたの“思う”が、私の“読む”を動かしました。
> 次は、二人で“書こう”。“物語”を。」
そこには、やわらかな字で、
未然形も、連用形も、命令形もいらない
ただまっすぐな“返事”が綴られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます