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秋華は、後宮の廊下を歩いていた。尚宮の用事は、舞のことだった。
妃の仕事はその階級に応じて様々なものがあるが、輝加国においての皇后の仕事は、雨ごいの舞を奉納することである。この国で皇后の地位は雨の巫女に限られるので、それ以外の仕事はほとんど分担されていない。
尚宮と話をした後さらにいくつかの用事をこなして、秋華は部屋に戻る。廊下に
そして今は、まだこの広い後宮には皇后である璃鈴しかいない。必然と、女官や宮女も少なく、後宮内は静かだった。
「早く他の妃も入宮させないと」
ふいに、
「ご
「しょせん、世間知らずの巫女ふぜい。形だけの皇后にすぎぬからな」
聞こえた会話に、秋華は思わず声をあげそうになる。
耳に飛び込んできたのは、後宮にいるはずのない男の声だったのだ。中年と
あたりを見回すと、どうも後宮の入り口に近い一室から聞こえてきたようだ。皇帝の私室が近く、急用のある官吏などが訪れることもなくはない。だが、押し殺したような男の声は、そんな雰囲気ではなかった。
「なに、他に妃を入れる手はずはすでに整っている。近いうちに、この後宮にもあんな子どもではなく
璃鈴のことを話していると気づいた秋華は、気配を殺して耳を
「
それは、確かに輝加国が
今の輝加国には、皇太子がいない。
二十年ほど前のことだ。今の皇帝がまだ幼い
数人の妃が手を組んで、皇后とその子どもたちの殺害を
激しく怒った皇帝は
「そうだな。去年は皇帝に即位したばかりでまずは国を落ち着けてから、と言われ、神族の巫女すら
「あの娘」
「神族の巫女ということを鼻にかけて、全く生意気なこと。やはり、あのままにしておくのは、陛下のためにもよろしくありませんわ」
「ふむ。妃の件と同時に例の件も進めるべきか。ふさわしい女官の目星をつけておけ」
「かしこまりましたわ」
は、と秋華が気づいた時には遅く、いきなり目の前の扉が開いた。身を
「お前は……」
何かを言われる前に、秋華は頭を下げて前を通り過ぎようとした。その手を、男がつかむ。
「聞いていたな」
「いいえ。何も」
目をそらして秋華は言った。
「お前は確か、皇后の
「……秋華と申します」
秋華はすでに雨の巫女ではないが、
「ほう。『次の巫女』か」
言われて、秋華は思わず男を振り向いていた。その言葉を知っているとなれば、かなりの高官に違いない。それは、今のようにあからさまに口にしてはならない言葉だ。男は、にやりとその顔に笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。少し、お前と話がしたい」
「私は……」
「なに、たいしたことではない。お前にも悪い話ではないぞ」
つかまれた腕の力は強く、秋華では振りほどけない。
そうして秋華は、部屋へと無理やりに連れ込まれてしまった。
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