第22話黄昏の村・祠への弔い
「…見えてきた。あそこが…祠、だよね」
いぶきが低くつぶやく。道の先、木々に囲まれた開けた場所に、黒ずんだ古びた祠が佇んでいた。
しかし――その手前で、異様な光景が広がっていた。
「……餓鬼どもが、火もないのに……踊ってる?」
勇征が目を細める。
薄闇の中、火のない提灯たちが浮かび上がり、餓鬼たちがその周囲で騒ぎ、喚きながら狂ったように踊り回っている。腹を鳴らし、舌を垂らし、時に互いを押しのけながら、何かを求めるようにうごめいていた。
「提灯の妖怪が、餓鬼の興奮を煽ってる……ここを抜けないと祠には近づけないね」
いぶきが小さく舌打ち。
「いくぞ。一気に殲滅する」
勇征が両手槍を構え、電気を帯びた気迫を解き放つ。雷の魔力が槍の穂先に迸り、空気がピリついた。
「援護する」
一臣が前に出て、タワーシールドを高く掲げた。
「雷纏い――『穿つ』!」
勇征の体が一瞬で霞み、次の瞬間、提灯の一つに槍が突き立つ。破裂音と共に妖怪が霧散すると、周囲の餓鬼たちが混乱し始めた。
「今! 餓鬼を引き剥がして!」
いぶきが風魔法を展開、数体を吹き飛ばす。
餓鬼の一体が一臣に飛びかかるが、巨盾が音もなく受け止め、振るわれたメイスが腹にめり込む。呻き声と共に地に沈む餓鬼。
「…ハラ、ヘッタ、クワセロ、クワセロ」
呻くような声が響く中、璃音がそっと手を差し出す。
「どうか、迷える魂が、静かに眠れますように――」
結界の光が彼女の足元に広がり、残る餓鬼たちの動きが鈍る。隙をついて勇征と一臣が最後の数体を仕留めると、場には再び静寂が戻った。
「……さ、祠を調べようか」
いぶきが呟く。
祠は埃と苔に覆われていたが、どこか崩れてはいなかった。
璃音が手拭いを取り出し、静かに、丁寧に拭い始める。
「……人が眠る場所を、清めるのは、私の仕事……」
やがて祠の前に、彼女は供えの花を置いた。かすかに光を帯びた薄紫の野花―彼女が権能で咲かせたものだ。
「――ありがとう。ここに連れてきてくれて」
風が、ほんのわずかに吹いた気がした。
いつの間にか、彼らの背後に“いた”鍵となる霊――あの、見てはいけないと言われた子どもの霊が、すぐそばにいた。
だが今は、目元の靄はなく、穏やかな笑みを浮かべている。
「……もう、帰っていいんだね」
霊は花を見つめ、小さく頭を下げた。すると、その体は光となって宙に溶け、消えていった。
直後――
祠の奥、地面に埋もれていた大きな石板が、ゴゴゴ……と音を立てて動いた。
「階段……!」
いぶきが駆け寄る。
薄く開いた石板の奥に、下へ続く螺旋階段が口を開けていた。そこから吹き出す空気は、今までとまったく違う、冷たい気配。
「……次、いくか?」
勇征が肩を回す。
「……いや、一度休もう。精神も……結構削られてる」
一臣の言葉に皆が頷いた。
彼らは静かに祠の前で一礼し、開いた階段の前に立った。
黄昏色の空の下、静かに祠を離れたK13班は、奥へと開いた階段の手前――苔むした広場に腰を下ろした。
「……ふぅ。精神的な疲れ、やっぱ来るね……」
いぶきが腰を落とし、ぐったりと座り込む。
「幽霊の囁きとか……正直、ちょっと怖かったです」
璃音も小さく息を吐き、肩にかけた回復具の調整をしながら言った。
「あたし、幻影に一回つられて手を出しかけた。あれ、危なかったよね」
いぶきが頭をかきながら、笑ってごまかす。
「……でも、全員無事だ。上出来だろ」
一臣が静かに言いながら、盾を地面に立てかけた。
勇征は槍を立てたまま、無言でぐっと伸びをしたあと、ぽつりと呟いた。
「……俺、ちょっとだけ……疲れたな」
言い方は軽かったが、その額にはうっすら汗が滲んでいる。
「じゃあ、そろそろ――やる?」
いぶきが小さな袋を取り出す。
巾着袋の中には、提灯の妖怪が落とした欠けた蝋燭、餓鬼から拾った米粒。どれも、不思議な“重み”を感じさせる遺物だった。
そして彼女は、荷物の奥から、ずっと大切に包んでいた賽銭箱の神具を取り出した。木彫りでありながら光を帯びているそれは、まるで神社の拝殿にあるそれの簡易版のようで――置かれた瞬間、広場の空気がピリ、と緊張する。
「じゃあ、いきます……」
いぶきが丁寧に一つずつ、供物を箱の中へと納めていく。璃音も補助しながら、餓鬼の米粒を小さな皿に分けて添える。
カチリ――供物が納まるたび、箱の底がかすかに光った。何かが確かに「受け取られた」気配。
「……これで、何か変わるんだっけ」
勇征が首をひねる。
「うーん……今は実感ないけど……」
いぶきが手を開いたり閉じたりしながら言う。
璃音が試しに立ち上がり、軽く跳ねてみる。
「……少し、体が軽い気がします」
「プラシーボじゃね?」
勇征が笑う。
「いや……多少だが、関節の動きが滑らかだ。力も少し、入れやすい」
一臣が小さく頷いた。
「だよね!やっぱ上がってるよ!」
いぶきが嬉しそうに小躍りした。
「供物を捧げることで、権能も肉体も強化されていく……まだ微々たるもんだけど、これが積もれば変わるってことだね」
「そのうち、風で空も飛べたりしてな!」
勇征が冗談まじりに言うと、全員がふっと笑った。
その笑顔の中にも、確かな手応えと、次なる挑戦への覚悟がにじんでいた。
「……そろそろ行くか。次は深夜の竹林だったか?」
一臣が立ち上がり、盾を背に背負い直す。
「迷子になるみたいだよ、知らない間にはぐれちゃうんだって」
「迷子にならないでね、勇征くん?」
いぶきがからかうと、勇征は「はぐれてもすぐ追いかけるわ」と笑ってみせた。
そうして彼らは、再び階段へと足を向ける。
供物を捧げ、少しだけ強くなった彼らの背に、祠から吹く風が優しく追い風を送っていた。
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