第21話 解錠師、本気を出す。
ロックの周囲に浮かぶ四つの光。
その上でひときわ輝きを放つ、白と黒の球体が二つ。
火。水。風。土。光。闇。
この世界にある基本属性と、
(──どうして、どうしてですのっ!? 解錠師は、属性魔法を
ロックから放たれる膨大な魔力が、エリスの放つ魔力に共鳴するように振動している。振動が彼女を揺らし、そのたびに脈打つ心臓がやけにうるさい。
聖剣教皇様から聞いていた話と違う。
かつてこの世界に存在した解錠師、『キー』と名乗る女は、属性魔法をもたず、解錠師のスキルだけで勇者とともに戦ってきたのだと言う。
解錠師の力は絶大だ。
逆に
解錠師が勇者とともに戦ってこれたのは、その圧倒的かつ「他にない」特殊性があってこそであると、エリスは故郷にいたときに教皇から聞かされていた。
同時に、
故に彼女は、
エリスには親がいない。
聖剣皇国にある教会、その扉の前に捨てられていたのが彼女だった。
そんなエリスを拾い、我が子のように育ててくれたのが、聖剣教皇であった。
彼女の持つ力を見出し、エリスが
いつか教皇様のために恩返しをしたい──そう思っている中での
今しかないと思った。
他の誰よりも、他の
エリスはその特権を使い、「解錠師がいる」とされていたアルマ王国へと入国。しかしそこには解錠師はおらず、エリスは周辺をしらみつぶしに探した。
そこで見つけたのは、大きな体躯をもった黒い竜と三つの首を持つケルベロスだった。
過去の文献で見た
その上、
しかし、そこにいたのは普通の少年。その上、
とんだ期待はずれだと思ったが、厄災を従える少年など普通に考えればいるハズもない。
彼こそが解錠師であるとすぐに気付いたエリスはロックを捕まえるため、アイザとペロコをさっさと処理したあとでロックの身柄を確保しようと考えていたのだが……。
「何ですの……何なんですの、この馬鹿げた魔力量はッ!?」
全身の皮膚がピリピリとするほどの感覚。
自身の魔力を遥かに凌駕する膨大な魔力、そしてロックのまわりに浮かぶ属性魔法の輝きが、エリスの決意に影が
☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★
「……なぁロックよ。我はもう大丈夫じゃから、おろしてくれんか?」
「え? いやダメだよ。そしたらまた狙われるじゃん」
「あぅ……」
焦燥に焦燥を重ねるエリスとは裏腹に、ロックはアイザを護るためにギュッと彼女を抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこなのだが、そのようにして抱きかかえられることなど、竜種である彼女の
そもそも自分よりも強い
「──とりあえず。
「ッ!!?」
──今はそんなことどうだって良い。
ロックは展開させていた魔法を、その場から一歩も動くことなく行使させる。
「『フレイムランス』/『フロストスパイク』」
火属性の中級魔法、そして水属性の派生型属性『氷』の
エリスへと迫る、炎と氷の槍。
エリスは「くッ……!」と声を漏らしつつ、巨大な聖剣を収縮させて自らの手に持ち剣を振るった。
振るわれた聖剣により、『フレイムランス』は正面から切り払われて消滅する。
だが『フロストスパイク』は「上級魔法」ということもあり、ただでは消滅しなかった。
「わたくしの聖剣が、氷漬けにッ……!?」
切り払ったはずの一撃。
しかし『フロストスパイク』と接触した聖剣は、接触部からジワジワと広がるように凍りつき、刀身をまるごと氷で多い尽くしてしまった。
「『フレイムランス』は出力の高い炎を槍のようにして放つ『ファイアボール』の強化版だけど、『フロストスパイク』は違う。少しでも当たれば、そこから凍らせることができるんだ──って、俺の記憶が言ってたよ」
「記憶が!? 何を言ってるんですのこの人ッ!?」
最初見たときには魔力なんて
(ワケがわかりませんわ……。これは本当に現実? わたくし、夢を見ているのではありませんの?)
現実逃避したくなるが、ここで
だが、悔しいことに自分一人では彼を止めることは難しそうだと理解していたエリスは、もう一人の仲間に声をかけた。
「──グレン!! いつまでそこの
凍りついた聖剣を溶かすべく、光属性魔法を発動させるエリスは、ペロコと戦闘中であるはずのグレンに声をかける。
しかし、いつまで経っても返事はなく。
不審に思ったエリスが二人のいる方を向くと、そこには膝をつくグレンと、
「はぁ、はぁ……。申し訳ありません、エリスお姉様」
「ちょっとグレン!? アナタなにをしていますの!?」
敵を前に膝をつくなどと、なにを考えているのか。
そう
「なるほど、高速で動きまわってるときに、相手の神経に作用する毒を撒いていたのか! すごいぞペロコ! よくやったな!」
「わふ〜っ♪」
ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうなドヤ顔を披露するペロコ。
両手を胸元でパクパクさせているが、よく見ると指先から赤と黒の煙のようなものが上がっていた。
「あの
グレンはそう言い残すと、ばたりと音を立てて気絶した。
この世界で言うところの「毒」とは、ある一定の植物や動物、そしてモンスターが持つ特性のほか、「派生型属性」にも含まれる。
毒は闇属性の派生型。
となると必然的に、闇属性持ちには効果が薄く、光属性とは
エリスは光属性であることから、ペロコの毒攻撃には耐性を持っているが、グレンは火属性。毒への耐性はない。
(判断を誤りましたわ!? マズい、このままではわたくし達は……!)
自身を「お姉様」と
だが、エリスはすでに気付いていた。
この勝負、自分たちの負けであることに。
「なぁ、もうやめにしないか? これ以上の戦いは不毛だろう」
ロックが提案するが、エリスは手にしていた聖剣を再び巨大化させて、切先をロックたちへ向けた。
彼女の持つスキル『
自身が手にした剣、その全てが「聖剣」の力を得ることができ、その上サイズを自由に変更することができる。
エリスの基本的な戦闘方法として、剣を巨大化させて戦うことが多かった。
理由は単純に、「この戦い方が一番ラクだから」だ。
雑魚は一振りで殲滅できるし、対人であればほとんどの者がビビって逃げる。
それだけ、聖剣の力は絶大だった。
魔法を操る力。
空を飛ぶ力。
属性魔法を強化する力……。
エクスノーメン聖剣皇国にあるほぼ全ての聖剣の力を、あますことなく使うことができるユニークスキル。
この力を持って彼女がこれまでの戦闘で負けたことは一度もない。この世に生を成してからたったの一度も。
故にエリスは、負けるわけにはいかなかった。
それは自分のためでもあるし、何より愛する「聖剣教皇」のためでもあった。
「わたくしはッ……! わたくしはぜったい負けるわけにはいかないんですの!! 解錠師、アナタの身柄をここで確保して、必ず聖剣教皇様に差し出すんですわッ!!!!」
上空へと昇ってゆく聖剣が、空中で停止する。
そしてふたたび、光属性の上級魔法である【
雨のごとく降り注ぐ光の剣と、ロックめがけて落下する全長30メートル超えの巨大聖剣。
「アイツ、捕えるとか言っておきながら殺しにかかっておらんか!?」
アイザのツッコミが轟くが、その声すらも掻き消して殺到する剣の雨に、エリスは敗色の濃い顔色から一点、脳裏に「勝利」の文字が浮かんだ。
だが哀しいことに、その願いは絶対に叶わない。
「【
降り注ぐ無数の剣をジッと見つめたまま、ロックは自身の名と同じ
空一面に散らばっていた光の剣は、巨大聖剣を中心に収束してゆく。
「……そんな」
エリスは空を見上げたまま、ボソリと呟いた。
空に浮かぶ無数の剣たちは、巨大聖剣に張り付いたまま、空中で停止している。
魔法攻撃を無効化した?
そう考えるが、エリスはその思考を否定する。
巨大聖剣の落下による一撃は、振り下ろすものではなく自由落下によるものだ。
魔法によって聖剣を持ち上げたが、そこから先は魔法による効果は除外されている。
それを考えれば、先ほどの「
そもそも、無効化されているのであれば光の剣は消えているハズなのだから。
(……ということは、まさか……)
──空間を指定し、その中にある時間・位置・重力・運動エネルギー・魔力の流れなど、その瞬間の
「……あり得ない。あり得ませんわ、こんなの……!!」
己の持つ魔法が、ユニークスキルが、何一つ通じない。
エリスは膝をつき、ようやく己の負けを認めるのであった。
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