第21話 解錠師、本気を出す。




 ロックの周囲に浮かぶ四つの光。

 その上でひときわ輝きを放つ、白と黒の球体が二つ。


 火。水。風。土。光。闇。

 

 この世界にある基本属性と、厄災ディザスター天災セレスターしか宿らないと言われている【特殊属性ユニークエレメンツ】を持つ解錠師の少年に、エリスは驚愕していた。


 

(──どうして、どうしてですのっ!? 解錠師は、属性魔法をんじゃありませんの……!?)


 

 ロックから放たれる膨大な魔力が、エリスの放つ魔力に共鳴するように振動している。振動が彼女を揺らし、そのたびに脈打つ心臓がやけにうるさい。


 聖剣教皇様から聞いていた話と違う。


 かつてこの世界に存在した解錠師、『キー』と名乗る女は、属性魔法をもたず、解錠師のスキルだけで勇者とともに戦ってきたのだと言う。


 解錠師の力は絶大だ。

 施錠ロックといえば、それだけで相手の魔法を打ち消すことができたし、魔素や魔力の供給を断つことだってできた。


 逆に解錠アンロックは、あらゆる封印を解いたり扉を開いたり、あげく多くの人間に秘められた潜在能力を解放することだってできる。


 解錠師が勇者とともに戦ってこれたのは、その圧倒的かつ「他にない」特殊性があってこそであると、エリスは故郷にいたときに教皇から聞かされていた。

 

 同時に、彼女教皇が「解錠師の力」を狙っていることも。


 故に彼女は、厄災ディザスターの封印が解除されたとき、厄災ディザスター討伐以上に「解錠師に会うことができるかもしれない」という事実に心を躍らせていた。



 エリスには親がいない。

 聖剣皇国にある教会、その扉の前に捨てられていたのが彼女だった。


 そんなエリスを拾い、我が子のように育ててくれたのが、聖剣教皇であった。

 

 彼女の持つ力を見出し、エリスが天災セレスターへとのぼり詰めるまでのあいだ、教皇は彼女を実の親のように可愛がり、育て上げてきた。


 いつか教皇様のために恩返しをしたい──そう思っている中での厄災ディザスターの封印解除。


 今しかないと思った。

 

 他の誰よりも、他の天災セレスターよりも早く、解錠師を捕える……そう決めてからのエリスの行動は早かった。


 天災セレスターの特権──通行手形や入国税の完全免税、通称「免状権」がある。

 

 エリスはその特権を使い、「解錠師がいる」とされていたアルマ王国へと入国。しかしそこには解錠師はおらず、エリスは周辺をしらみつぶしに探した。


 そこで見つけたのは、大きな体躯をもった黒い竜と三つの首を持つケルベロスだった。

 

 過去の文献で見た厄災ディザスターと同じ姿。


 その上、天災セレスターとしてのカンが働き、その場に厄災ディザスターがいることを察知し急行した。


 しかし、そこにいたのは普通の少年。その上、厄災ディザスターも三体ではなく二体だった。

 

 とんだ期待はずれだと思ったが、厄災を従える少年など普通に考えればいるハズもない。

 

 彼こそが解錠師であるとすぐに気付いたエリスはロックを捕まえるため、アイザとペロコをさっさと処理したあとでロックの身柄を確保しようと考えていたのだが……。



「何ですの……何なんですの、この馬鹿げた魔力量はッ!?」



 全身の皮膚がピリピリとするほどの感覚。

 

 自身の魔力を遥かに凌駕する膨大な魔力、そしてロックのまわりに浮かぶ属性魔法の輝きが、エリスの決意に影がした。





 ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★

 




「……なぁロックよ。我はもう大丈夫じゃから、おろしてくれんか?」

 

「え? いやダメだよ。そしたらまた狙われるじゃん」

 

「あぅ……」

 


 焦燥に焦燥を重ねるエリスとは裏腹に、ロックはアイザを護るためにギュッと彼女を抱きかかえた。

 

 いわゆるお姫様だっこなのだが、そのようにして抱きかかえられることなど、竜種である彼女の人生竜生には一度もなかった。


 そもそも自分よりも強いオスなどそういなかったこともあり、アイザはこのとき、はじめてロックをオスとして意識するのだが──


 

「──とりあえず。アイザ俺の女を傷つけた代償は払ってもらうぞ? 『天災セレスター』」

 

「ッ!!?」


 

 ──今はそんなことどうだって良い。

 

 ロックは展開させていた魔法を、その場から一歩も動くことなく行使させる。


「『フレイムランス』/『フロストスパイク』」


 火属性の中級魔法、そして水属性の派生型属性『氷』の魔法を放つ。


 エリスへと迫る、炎と氷の槍。


 エリスは「くッ……!」と声を漏らしつつ、巨大な聖剣を収縮させて自らの手に持ち剣を振るった。


 振るわれた聖剣により、『フレイムランス』は正面から切り払われて消滅する。


 だが『フロストスパイク』は「上級魔法」ということもあり、ただでは消滅しなかった。


 

「わたくしの聖剣が、氷漬けにッ……!?」

 


 切り払ったはずの一撃。

 

 しかし『フロストスパイク』と接触した聖剣は、接触部からジワジワと広がるように凍りつき、刀身をまるごと氷で多い尽くしてしまった。


「『フレイムランス』は出力の高い炎を槍のようにして放つ『ファイアボール』の強化版だけど、『フロストスパイク』は違う。少しでも当たれば、そこから凍らせることができるんだ──って、俺の記憶が言ってたよ」

 

「記憶が!? 何を言ってるんですのこの人ッ!?」

 

 他人事ヒトゴトのように語るロックに、エリスはいぶかしむような目線を送る。

 

 最初見たときには魔力なんて微塵みじんも感じなかったのに、今では自分を遥かに凌駕りょうがする力を持っている──。


(ワケがわかりませんわ……。これは本当に現実? わたくし、夢を見ているのではありませんの?)


 現実逃避したくなるが、ここで解錠師ロックを諦めるわけにはいかない。

 

 だが、悔しいことに自分一人では彼を止めることは難しそうだと理解していたエリスは、もう一人の仲間に声をかけた。


「──グレン!! いつまでそこの厄災ディザスターと遊んでいますの!? 早くこちらに加勢しなさいな!!」


 凍りついた聖剣を溶かすべく、光属性魔法を発動させるエリスは、ペロコと戦闘中であるはずのグレンに声をかける。

 

 しかし、いつまで経っても返事はなく。


 不審に思ったエリスが二人のいる方を向くと、そこには膝をつくグレンと、の前に立つペロコの姿があった。


「はぁ、はぁ……。申し訳ありません、エリスお姉様」

 

「ちょっとグレン!? アナタなにをしていますの!?」


 敵を前に膝をつくなどと、なにを考えているのか。

 そう叱責しっせきしようとした瞬間、ロックが嬉しそうに口を開いた。


「なるほど、高速で動きまわってるときに、相手の神経に作用する毒を撒いていたのか! すごいぞペロコ! よくやったな!」

 

「わふ〜っ♪」


 ドヤァ、という効果音が聞こえてきそうなドヤ顔を披露するペロコ。


 両手を胸元でパクパクさせているが、よく見ると指先から赤と黒の煙のようなものが上がっていた。


「あの厄災ディザスター、どうやら毒使いのようです……。毒は『光属性・闇属性』を持つ者には効きませんが、それ以外の属性には効きます。完全に相手を見誤りました」


 グレンはそう言い残すと、ばたりと音を立てて気絶した。

 

 この世界で言うところの「毒」とは、ある一定の植物や動物、そしてモンスターが持つ特性のほか、「派生型属性」にも含まれる。


 毒は闇属性の派生型。

 となると必然的に、闇属性持ちには効果が薄く、光属性とは相剋そうこく状態──いわば「反発」して毒属性への耐性を持つことになる。


 エリスは光属性であることから、ペロコの毒攻撃には耐性を持っているが、グレンは火属性。毒への耐性はない。


(判断を誤りましたわ!? マズい、このままではわたくし達は……!)


 自身を「お姉様」としたうグレンが倒れた今、戦えるのはエリスのみ。

 

 だが、エリスはすでに気付いていた。

 この勝負、自分たちの負けであることに。


「なぁ、もうやめにしないか? これ以上の戦いは不毛だろう」


 ロックが提案するが、エリスは手にしていた聖剣を再び巨大化させて、切先をロックたちへ向けた。

 

 彼女の持つスキル『天上乃聖剣エクスカリバーン』は、天災セレスターに選ばれたときに神様より授けられた固有能力ユニークスキルである。


 自身が手にした剣、その全てが「聖剣」の力を得ることができ、その上サイズを自由に変更することができる。

 

 エリスの基本的な戦闘方法として、剣を巨大化させて戦うことが多かった。

 

 理由は単純に、「この戦い方が一番ラクだから」だ。


 雑魚は一振りで殲滅できるし、対人であればほとんどの者がビビって逃げる。

 

 それだけ、聖剣の力は絶大だった。

 

 魔法を操る力。

 空を飛ぶ力。

 属性魔法を強化する力……。

 

 エクスノーメン聖剣皇国にあるほぼ全ての聖剣の力を、あますことなく使うことができるユニークスキル。


 この力を持って彼女がこれまでの戦闘で負けたことは一度もない。この世に生を成してからたったの一度も。


 故にエリスは、負けるわけにはいかなかった。

 

 それは自分のためでもあるし、何より愛する「聖剣教皇」のためでもあった。


 

「わたくしはッ……! わたくしはぜったい負けるわけにはいかないんですの!! 解錠師、アナタの身柄をここで確保して、必ず聖剣教皇様に差し出すんですわッ!!!!」


 

 上空へと昇ってゆく聖剣が、空中で停止する。

 

 そしてふたたび、光属性の上級魔法である【天輪羽剣セラフィムジャッジ】を発動。

 

 雨のごとく降り注ぐ光の剣と、ロックめがけて落下する全長30メートル超えの巨大聖剣。


「アイツ、捕えるとか言っておきながら殺しにかかっておらんか!?」


 アイザのツッコミが轟くが、その声すらも掻き消して殺到する剣の雨に、エリスは敗色の濃い顔色から一点、脳裏に「勝利」の文字が浮かんだ。


 

 だが哀しいことに、その願いは絶対に叶わない。








 

 


 

 

「【施錠ロック】」








 



 


 降り注ぐ無数の剣をジッと見つめたまま、ロックは自身の名と同じ能力名スキルネームを無慈悲に唱える。


 空一面に散らばっていた光の剣は、巨大聖剣を中心に収束してゆく。


「……そんな」


 エリスは空を見上げたまま、ボソリと呟いた。


 空に浮かぶ無数の剣たちは、巨大聖剣に張り付いたまま、空中で停止している。

 

 魔法攻撃を無効化した?

 そう考えるが、エリスはその思考を否定する。


 巨大聖剣の落下による一撃は、振り下ろすものではなく自由落下によるものだ。


 魔法によって聖剣を持ち上げたが、そこから先は魔法による効果は除外されている。


 それを考えれば、先ほどの「施錠ロック」というスキルは魔法を無効化するものではない。


 そもそも、無効化されているのであれば光の剣は消えているハズなのだから。


 



(……ということは、まさか……)
















 





 ──空間を指定し、その中にある時間・位置・重力・運動エネルギー・魔力の流れなど、その瞬間の『停止ロック』させた……?






















 

「……あり得ない。あり得ませんわ、こんなの……!!」



 

 己の持つ魔法が、ユニークスキルが、何一つ通じない。



 

 エリスは膝をつき、ようやく己の負けを認めるのであった。


 






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