二 花ノ怪の身の上
古賀と新田の来訪があったのは、その翌日のことだった。
「はるの兄の――
表玄関の式台に腰掛けて、古賀がぼやく。晞子も昨日のうちに深景から滋の失踪については話を聞いていたので、力なく目を伏せた。
「……そう。はるの様子は?」
「塞ぎ込んじまってる。まあ無理もねぇが……。とりあえず、もう少し事情を聴くまではうちのかみさんに面倒見てもらうつもりだが、どうも警察ってことで警戒されててな」
どうやらはるは警察で聴取を受けつつ、古賀の家で世話になっているらしい。
ぽりぽりと頭を掻きつつ、弱った様子で古賀は声を落とす。そんな古賀に痺れを切らしたのか、新田が晞子と深景のほうに近づいてきた。
「今日お伺いしたのは別件です。先日の花ノ怪の男の容貌を覚えてらっしゃいますか?」
晞子は深景と目を見合わせる。
「大男でしたよね。やくざ者かなにかじゃないですか。足に
深景の返答に、新田がやはりそうですか、と顎に手をやり、古賀に視線をやる。
「ひょっとして、花ノ怪の身元でも分かったの?」
思わず身を乗り出せば、新田が渋い顔をする。古賀は立ち上がって新田を宥めるように肩を抱くと、晞子に向きなおった。
「花ノ怪に関しちゃ、お前さんたちは関係者だからな。まあまだなんの確証もない、与太話だとでも思って聞いてくれ」古賀は情報漏洩だと憤慨する新田の口を塞いで、「少し前に、
「ええ。たしかそのときの花ノ怪は女性だったのよね」
新聞記事を思い出しながら、晞子は答える。
「あの騒動と同じ頃、騒ぎが起こったのとほぼ同じ場所で失踪者が出てる」
晞子は眉根を寄せる。それは今回の状況と似てはいないだろうか。今回も花ノ怪騒動が起こったその前後に、滋が失踪している。
「失踪者はどんな人なの?」
「それが一度やくざ者になったものの、足抜けして戻ってきた農家の息子でな。大男で、足に気合いの入った紋々があったんだと」
それは、その元やくざ者の農家の息子というのが今回の花ノ怪だった可能性は高い。
「その人の名前は?」
晞子の問いに、古賀はどういうわけか目を泳がせる。
「……いや、その。べつにそこまでお前さんは知らなくてもいいんじゃないか」
「かまわないわ。教えて」
古賀はがりがりと後頭部を掻いた。
「あー、
弥太。まるで知らない名前だ。
それが花ノ怪なる妖だか禍だかの本来の名前なのかもしれないが、すでに彼のことは晞子が
「もうひとつ、地元の警察がその弥太の父親から聞いたって話なんだが、どうも母親が脚を悪くしていたらしくてな。旅費さえ貯まったら、
すぐ隣で、深景が指先をぴくりと跳ねさせた。怪訝に思いつつ、晞子は古賀に目線を合わせる。
「白鷺院に話は聞いたの?」
「いちおうな。だが、なにぶんひっきりなしに治癒の力を求める奴らが押し寄せていて、いちいちひとりひとり覚えてねえってよ」
「仮にその弥太と花ノ怪が一致しているとして、荊城の北部から花ノ怪が出没した
それまでだんまりを決め込んでいた深景が口を挟んでくる。古賀が目を眇めた。
「誰か?」
「家族にも黙って、大慌てで付いていきたくなるような信用できる誰か、だ」
含みをもたせた言葉に、ひくりと古賀が口許を引き攣らせる。晞子は、慎重に深景を見やった。
「誘拐って線もなくはないんじゃない?」
「ええ、まあ。でも、あれだけの大男を誰にも気づかれずに運ぶとなれば、車だの馬車だのが必要になるんじゃないでしょうか。自発的にしろ誘拐にしろどちらにせよ、そのへんの破落戸だけでできる所業とは思えませんね」
要するに。
「白鷺院みたいな名家なら、それが可能だって言いたいわけね」
「おいおい、勘弁してくれ。なんの証拠もねえだろうが!」
古賀が情けない顔をして、唾を飛ばしながら主張する。
「たしかにそうだけど、該当の日時に白鷺院関係者が荊城に行っていなかったかとか、たとえば白鷺院の本家の来訪者名簿みたいなのがあるなら、それを見せてもらうとかはできないの? うちのときみたいに家のなかを調べさせてもらうとか。ちがうならちがうで、他を当たればいいんだし」
晞子の言葉に、古賀は小さく息をつく。
「あの家は取り扱い注意なんだよ。政界財界軍部にも顔が利いて、大きな声じゃ言えないが、正直お上よりも民衆から支持があるくらいだ。信者みたいなのもうようよいる。そんな相手に花ノ怪だの失踪事件だのきな臭い話に関する疑いがあるんで調べさせてくださいっつって、間違いでした、じゃ済まねえんだよ」
たしかにそんな話が民衆の耳に入ろうものなら、警察どころか帝相手に暴動でも起こりかねない。
「こっちでも荊城でのことは調べてみるが、なんにしろ証拠がなきゃどうにもならねえ。それに深景の言ってることは、今の状況じゃこじつけもいいところだ。頼むからあんま暴走してくれるなよ」
古賀はそう忠告すると、胃のあたりをさすりつつ、新田にだから言わんこっちゃないんです云々と文句を言われながら帰っていった。
晞子は顎に手を置いて考え込む。
正直なところ、本気で白鷺院を疑っているわけではない。だが滋のことも花ノ怪のことも膠着したこの状況で、少しでも可能性があるのならそれに賭けてみたかった。
「……手紙を書くわ」
「手紙?」
深景の怪訝そうな視線が晞子を向く。
「
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