第11話 「宇賀いおり」
裏社会にも通ずる顔を持つようになったのは、四年前のことだ。
バイト先の店長が、うまい話がある、と言って、俺をあの人に紹介してくれた。
あの人は、どこかのお偉いさんのようで、
いつも強気な店長の腰が、急に低くなったときの衝撃を、今でも鮮明に覚えている。
店長は、俺をあの人に会わせたあと、先に帰ってしまった。あの人が反社会的勢力の人間であることを知ったのはそれからだ。
俺のバイト先の商店は、その人のおかげで成り立っていたことを告げられて、自分の手が闇に汚され始めることを、自覚せざるを得なかった。
「君は頭が切れる人材のようだね。どうだい、うちで、情報屋として働かないか」
その誘いを受けたとき、断れば殺される、と、瞬時に感じ取る。
「・・・・はい。お願いします」
半ば強制で承諾。俺はその人に連れられ、裏の世界へと溶けていった。
情報屋としての仕事は簡単で、俺にとって情報の整理は、ゴミの分別と大して変わらないくらいの単純な動作であった。
俺は、どうしようもない愚図で、三大欲求の仰せのままに生きているような人間だ。
べっぴんと飯食って、夜に愛し合って、そのまま布団で眠ることができれば、もうそれでいい。
「また連絡する」
いつも女に言うそれは、もはや口癖になっていた。常に日替わりの女で満たされる。
面と身体が良い俺は、性格こそ生ゴミ未満だったが、女に困ることは無かったし、同性愛者の男からもよく好まれた。
したがって裏社会での俺の評判はうなぎ上り。つい調子に乗って、母親に職のことを聞かれたとき、自慢げに、自分が裏の人間であることを話してしまった。
そりゃあ、息子が反社会的勢力の人間だなんて知ったら、家においておくわけにはいかないだろう。当時は、実家暮らしの大学二年生だったもので、晩飯中に家を追い出された俺は、財布も何も手に持っていない。
所持品は、身に着けている衣服のみ。
夜も更けていたし、今日のところは野宿しようと思って、小さい公園に向かった。
俺の人柄が少し変わったのは、その道中のことだ。
公園への道なりに、コンビニがある。店の明かりの眩しさが、今の俺の心の暗さを煽っているように思えてきて、無性に腹が立った。
そんなとき、俺はガラの悪そうなチンピラたちに絡まれたんだ。金を出せって脅された。
持っていないと答えたら、俺の全身を気色悪く触ってきて、財布がないことを確かめられた。そしたら、あいつらは逆切れしてきて、俺が立てなくなるまで、俺をボッコボコにしてきたんだ。
意識を半分失った俺は、あいつらに、家と家の間の、細い隙間に放られる。
あいつらはそのままどこかへ行ってしまった。まさに最低な状況におかれた俺に追い打ちをかけるように、雨が、ぽつ、ぽつと降ってきて、気が付けばそこら中が水浸しになっていた。
傘なんて一瞬でゴミになる、そんな気候になってしまう。
野宿場所はもうここでいいか、と、パーカーのフードを深くかぶって、眠りにつこうとした。そのときだった。
「おい、こんなところで何してるんだ」
今でこそ帰らぬ人となってしまったが、このとき、桐生さんに出会えていなければ、今の俺はいなかった。
それに、あのまま俺が眠っていれば、おそらく俺は低体温症になって死んでいたであろう。
恩を返したくて、俺にできることはないかと考える。桐生さんは国会の人間だったから、裏社会の情報を、桐生さんだけに流すとか?
いや、それだけじゃ足りない。なんか、もっと直接的に関われるような・・・ ・。
そうして、考えに考えた俺は、
政府直属の専門潜入捜査官となることを決める。もちろん、裏社会での情報屋としての役目も継続したままで。
俺が裏の人間でもあることは、桐生さんしか知らないから、仕事を掛け持つことにおいては何の問題も無かった。
日中は、端正な白い仕事をこなす。
深夜は、放埒な黒い仕事をこなす。
そんな俺の日々、すごくに性に合っていて最高だ。
裏の人間との付き合いで、趣味の悪いオークションを見に行った日もあったな。
フランス人形みたいな一人の少女が、裸にされて縄で縛られて、競りにかけられている。
桐生さんとの出会いがあってから、表の世界にも足を踏み入れていた俺は、人柄が少し変わっちまったようで、今まで俺の辞書に無かった、
「可哀想」という文字を引き当てることとなる。
「・・・・俺はこういうの趣味じゃないな。女の子が『可哀想』」
「何言ってんだ、情報屋のくせに。じゃあお前がを買えばいいじゃないか」
「そうしたいんだけど、あいにく手持ちが無くてね。・・・・あの子を救ってくれる神様でも舞い降りてくれればいいんだけど」
神様なんて、自分でもうまく言ったもんだ。
けれども、そのとき舞い降りたのは死神だった。俺はオークションの司会者が目の前でぶっ倒れたところを見てそう確信する。
突如として現れた青年によって、その司会者は射殺されたのだ。とたんに会場にいる全員から悲鳴が上がる。中には反撃しようと考えてその青年に立ち向かった者もいたが、青年に近付けば近付くほど、ただ射殺されていくだけだった。
「・・・・ははっ、救いの神呼んだら死神きたよ」
神様なんて、いるはずないもんな。
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