第28話 一筋の手がかりを掴んで

 翌日、私とエカード先生はニーゼン商会へ向かった。

 応接間に通され、いくつかの手続きをする。看板登録をするに当たり、ノイギーア町のギルドマスターも承認のために出席していた。

 エカード先生も今日は普段着じゃなく、黒を基調としたジャケット風ローブとネクタイをつけている。

 私も今回はきちんとした服装で、パウラとリタが選んでくれた清潔感のある水色のシンプルなドレスを着ている。


 そんな厳かな手続きが済み、承認が降りるまでの間、私とエカード先生、商会長のクラインさん、それから別室にいたグレル、ドワーフたちも合流し、例の偽魔石ライトを囲んだ。


 まず最初にクラインさんが口を開く。


「ここまでの状況を整理すると、この偽魔石ライトがヤーデで見つかった。シュリヒト子爵が作らせたのか否かは定かではない。この物体はなんらかの武器であり、鑑定メガネでも読み取りができない。そういうことだったね」


 私たちは互いに顔を見合わせ、気まずくうなずいた。

 昨日、あれから私もエカード先生に偽魔石ライトの話を聞いたので、あらかた頭に入っている。


 ともかく私たちが知りたいことはこうだ。


 ・シュリヒト子爵のクレームの真意

 ・偽魔石ライトの出どころ

 ・子爵とヤーデの悪漢の繋がり


 これらが分かれば、子爵の裏にいる人物も見えてくるかもしれない。

 ここにお義母様が関わっているという確証はないけれど、ないこともないので注意したい。

 となれば私も無関係じゃないのよね。


 私はみんなの重い沈黙の中、小さく手を挙げた。


「一応、私の弟にかいつまんで説明した手紙を送りました。お義母様の動きを改めて追いかけてくれるかと思います」

「なるほど。それはとても助かります」


 クラインさんが物腰柔らかに言う。

 すると、ヴェルデも手を挙げて行った。


「それじゃ、オレたちは魔石ライトの流れでも追いかけるかね。どこまで知れ渡っているのか、顧客から話を聞き出すってのはどうだい?」

「それなら俺も手伝うよ。こういうのは商人の腕の見せ所さ」


 グレルも頼もしく言ってくれる。


「ありがとう、ヴェルデ、グレル」

「嬢ちゃんのためじゃないさ。わけのわからん武器に魔改造されちゃ、うちの商品に支障が出ちまうからな」

「それを言うならうちだってそうさ。このニーゼン商会から出した商品に欠陥、しかも武器なんかが一般人に流れたら大変だ」


 そうよね。二人の思いはもっともだわ。

 そう感心しているとショイが私のスカートの裾をつまみ、耳を向けるよう手招きする。しゃがんでみると、彼はコソコソと私に耳打ちした。


「そう言ってるけど、二人ともカトリーナの頑張りを無碍にしたくないんだよ」

「コラ! ショイ! 余計なことを言うな!」


 すかさずヴェルデが怒ると、ショイは目をしばたたかせた。でも少し髭が揺れているので笑ってるのかもしれない。


「ヤーデに行って帰ってくる時、二人がそう話していたそうですよ」


 クラインさんまでもが笑いながら言うので、ヴェルデは顔を真っ赤にして黙った。

 グレルはあまり気にしてないようだけど、苦笑を浮かべている。


「カトリーナはオイラたちの恩人だからね」

「ふふふっ。ショイ、ありがとうね。ヴェルデもグレルも」


 そうして和やかな空気になったところで、それまで黙っていたエカード先生が手を挙げた。


「この武器を解体しようと思うんだが」

「あ、そうですね。先生はモノを素材に戻すことができますし」


 先生の提案に私はすぐに賛同する。

 全員も「そうだな」と言うようにうなずいた。


「それじゃ、みんなちょっと下がってくれ」


 そう言ってエカード先生は咳払いすると、偽魔石ライトをテーブルの上に置き、黒い手袋をつけた人差し指を向けた。

 クルッと指先で何か紋様を描くように動かせば、偽魔石ライトの周囲に無数の光が集まる。

 光に包まれた魔石ライトはカタカタ震える。

 エカード先生はさらに魔力を込めるよう、手を広げてかざす。


 そして、偽魔石ライトを宙に浮かせ、みんなの目に分解の様子を見せる。


 ライトの持ち手が外れ、魔石の取付部分、スイッチなども外れていく。

 筒状となったライトの芯が現れ、そこから何かが出てきた。


「ストップ!」


 私は思わず叫んだ。

 エカード先生が分解した魔石ライトから手を離す。宙に浮いていたそれは一気に下へ落ち、先生が慌てて受け止めた。


「カトリーナ様、どうしたんですか、急に」


 グレルが驚いて訊く。

 私は先生の手におさまったそれらをテーブルに広げた。


「この芯の部分。私はこんな空洞を作ってないのよ!」

「確かに最初から一貫してライトの芯は空洞がないはず。というのも、このライトは光の魔石のみで発光するように作ってあるからだ」


 エカード先生も私の言葉に追いかけるように言う。

 するとクラインさんをはじめ「なるほど」とみんなが深刻な顔でうなずく。


「意外とシンプルな作りだったんですねぇ」とグレル。

「こんな簡単なモノが大ヒット商品になるとはな……」とヴェルデ。

「オイラたちは暗い場所にいるから、明かりなんて思いつきもしないもんな」とショイ。


 それぞれ思うところがあるようだけど、違うの、そういうことじゃない!


「つまりこれは、私が作った魔石ライトを改造したわけじゃなく、分解して別のものにすり替えた可能性が高いの。あるいは、魔石ライトを念写した別物、みたいな。とにかくそういうことよ」


 うまく説明できたかわからないけど、つまり魔法で魔石ライトを念写し、そのまま別の武器らしき空洞の筒に転写したという……元の絵の上に紙を置いて線をなぞるというような感じ。これで伝わるかしら。


「なるほど。念写の魔法か。それじゃ、この芯の空洞が武器としての要素を担うということですかな?」


 クラインさんがまとめるように言う。

 私とエカード先生は目を合わせ、同時にこくんとうなずいた。


「おそらくそうです」

「あぁ、違いない……カトリーナ」

「はい、先生」

「これ、僕はちょっとアレに近いものを感じるんだが」


 エカード先生の言うことに、私は首を傾げた。

 アレ……えーっと、なんだっけ。でも私も喉元まで出かかってるのよ。


「あ! わかった! カトリーナ様が作ったクロスボウだ!」


 グレルが手をポンと打つ。これにドワーフたちが「なんだそりゃ?」と声を上げた。


「そっか、私が作ったあの武器ですね」


 私もようやくイメージが掴めた。


「私が作ったクロスボウは、矢の代わりに魔法を込めることで矢の役割を果たすから……つまり、この偽魔石ライトの空洞部分に魔法を込め、スイッチを押すだけで魔法を発射できるという装置なのね」

「あぁ、だが魔法使いおよび錬金術しか使えない武器ということでもある」


 エカード先生の言葉に、私とグレルの顔が引きつる。

 私が作ったクロスボウの威力は、エカード先生の魔法だけでもかなり強く出力できた。この魔石ライト型の武器でどれほどの威力が出るのか……そもそも、どうやって出力されるのか。いろいろ考えが巡る。


 そんな中、クラインさんが顎をつまみながら「ふむ」と思案げに言った。


「そのクロスボウのことを知っているのは、カトリーナ様にエカード、グレルだけかね」

「その魔法を浴びたやつらも含める。例の悪漢たちだ」


 すかさずエカード先生が言う。

 そっか。あの人たちも含めるなら、じゃあこの魔石ライトはやっぱり……


「なるほど。ではヤーデのあの悪漢たちが深く関わっているのは事実のようだ」


 クラインさんが低い声で言い、私たちの空気は再び重くなった。


 ***


 ひとまず、ヤーデ地方での動向は引き続き警戒したほうがいいという結論になり、今回は解散になった。


 そんな中、ドワーフ二人が私をじっと探るように見てきていたので、私は彼らにそっと近づいてしゃがんだ。


「二人とも、私が過去に武器を作っていたこと、怒ってる?」


 戦災孤児だったという二人には、私の武器作成の事実は受け入れがたいものだったかもしれない。

 二人はあまり表情が変わらないし、何を考えているのかはっきりとは分からないけど、黙っているところ私への信用を考えあぐねているような気がした。


「でもそれは、カトリーナが僕を助けるためだった」


 私の後ろからエカード先生が割り込んで言う。


「そうっすよ。この旦那がボコボコにされているのを見かねたカトリーナ様が即席で作ったものです」


 グレルも横から言う。


「おい、ボコボコは余計だ」

「だって本当のことじゃないですかぁ! あの時の旦那の情けなさったら」


 ぼやくエカード先生にグレルが呆れた口調で返す。

 これにヴェルデは鼻を鳴らし、ショイは目をゆっくりまばたきをした。


「でも、人を助けるために人に危害を加えるものを作ったのは間違いないわ。だから、気を悪くさせたなら謝りたいの。ごめんなさい」


 私は自分の行いを正当化しない。

 あの時は無我夢中だったけど、それで他の人が傷つくことは本意じゃないもの。


 すると、ヴェルデとショイは強張っていた肩を落とした。


「あんたは真面目すぎる」


 ヴェルデがため息混じりに言い、スタスタと先を歩いていく。

 するとショイが私の手を取って目を細めて笑った。


「うん、ほんと真面目すぎるなぁ」

「そうかしら?」

「それがカトリーナのいいところだと思う。気を使わせてごめんな」


 そう言うと、ショイもヴェルデの後を追いかける。


「カトリーナ」


 エカード先生が私に手を差し出すので、素直にその手を取って立ち上がる。


「二人なら大丈夫だろ。何があってもあいつらは、君の味方だから」

「それならいいんですけど……」


 エカード先生の言葉に、私の心はホッとあたたかくなった。

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