第7話 初仕事です
気持ちのいい朝日が木々を照らし、小鳥のさえずりが聞こえてくる。朝の森は夜とはまったく顔色が違い、自然豊かでのどかだった。
エカード先生に言われたとおり私は薬草を摘んだ。先生は木材や石を集めていた。
カゴに入れ、いっぱいになったところで先生がカゴを担いでくれる。
「よし、帰るか」
「もう? まだたくさんありますよ」
「採りすぎは良くない。今日はこれくらいでいいだろう。それに、今日は薬だけじゃなく、君にやってほしいことがあるから」
素っ気なく言うエカード先生。
私は首をかしげた。なんだろう? 私は薬の生成はできないけど。
ひとまずアトリエまで帰ってくる。
エカード先生は薬草をどっさり作業テーブルに置くと、素材が入ったカゴを私に寄越した。
「これで自分用の作業テーブルを作って」
「なるほど! 自分のものは自分で、ですね!」
「うん。金がない今はそうするしかない。自給自足だ」
さっきからなにかと「金がない」と強調するけど、本当にお金がないんだろうな……。
「エカード先生って、王都ご出身ですよね?」
「まぁな。貴族じゃないが」
「ご両親はまだご健在ですよね?」
「あぁ。でも頼れない」
私の言わんとすることを察したのか、先生は薬草の状態を見ながらバッサリと言った。
「両親と弟と妹がいる。両親は別にいいけど、きょうだいと折り合いが悪い。僕が家を放り出して、錬金術師になったから」
「はぁ……」
「しかも学術研究所をクビになっただろ。金の無心なんかできるわけがない。君と同じ境遇さ」
私は弟が唯一の味方だった。でも先生はごきょうだいも味方にはなってくれなかったのかも。
一体どういう状況だったのかは想像がつかないけど、きっとつらい思いはしていたことはわかる。
私はなんとも言えずに目を伏せた。これにエカード先生は私をじっと見て眉をひそめる。
「僕のことはいいから、手を動かせ。まだやることはあるんだぞ」
「あ、はい!」
そうだね。ちょっと気になるけど、今はお仕事をしなくちゃ。
慌てて素材とハンマーを持って自分の仕事を始める。
ただの作業台だし、デザインよりも機能性重視かな。
私はエカード先生が使っている無骨な作業テーブルを見た。先生の身長と同じくらいの長さで、奥行きは腕一本分ほど。脚は自分の腰くらいの高さがちょうどいいかな。
うん、同じような台にしよう。
イメージする。
横長のテーブル。留め具用の釘も必要ね。これも木材で補いましょう。
まずは全体像を頭の中で思い描き、それを分解する。いくつかのパーツに分かれたら、素材に魔力を込める。
すると、持っていたハンマーに私の魔力が注ぎ込まれた。
白い光に包まれたハンマーで素材を叩いてみると、あっという間にパーツができ、もう一度叩くとパーツが組み上がり、作業テーブルができた。
「簡単すぎる!」
今までは魔力が安定せず、作成に時間がかかっていたんだけど、ハンマーで叩くだけでできちゃうなんて! すごい!
「使い方は大丈夫なようだな」
エカード先生が安心したように言う。
「はい! あ、そうだ。まだ素材は残ってるから抽斗も作っちゃおう」
「まぁそのへんは好きにしてくれ」
楽しくなった私は何度も素材をハンマーで叩いた。
自分専用の作業台だもの。やっぱり使い勝手のいいものにしたい。
台に三つの抽斗を作り、石を加工してかわいいボタンのような取手にした。
あとは使っても壊れないかどうか。確認するため、台に体重をかけてみる。
うーん……壊れたら怖いな。
思い切って体重を乗せられない私に、見かねたエカード先生が近づく。
「よっと」
ポンと飛び乗るように台へ腰掛ける。
私は「あわわ!」とヒヤヒヤしたものの、先生は足を組んで台に座り、平然と安全性を確かめていた。
「うん、大丈夫だ。問題ない」
「それはよかったです」
「抽斗も物を入れても壊れないし。ただランクの低い素材だから、保ってひと月くらいだろうな」
うっ、ひと月かぁ……せっかく作ったのに、一ヶ月後、綻びが出ちゃうのは切ない。
「稼いで補強しまくれば大丈夫だろ。さ、作業を始めようか」
そう言って先生は台から飛び降りると、アトリエの奥にあった素材置き場へ向かった。私もついていく。
埃をかぶったそれは、どれもガラクタのようにしか見えない。
「先生、これは?」
「僕が生み出した古の発明品」
「へ、へぇ……」
エカード先生は無表情でそれらを見つめていた。心なしか目が遠くを見ているようで心配になる。
「ガラクタに見えるか?」
「えっ!? い、いやー……どうでしょう」
「どうでしょうって、ガラクタに見えるんだな」
うぅ、先生を傷付けまいと濁したのが仇になった!
エカード先生は鉄の棒を拾い上げて、渋い顔つきになる。
それと似たようなものがゴロゴロあり、しかし一体なんなのか皆目見当がつかない。
「魔石をはめて自由自在に灯りをつけられる道具、魔石ライトだ。これをリメイクしたい」
「そんな便利な道具をお考えになったんですね」
「あぁ。この森、夜は真っ暗だからな。薬の売買は基本的に夜だったし、そういう便利な魔道具があればいいなと思いついたんだ。しかし結果がこれだ」
魔石ライトなるものは、どう見ても鉄の棒にしか見えない。そしてどうも鉄だけでなく木材でも試したようで、不格好な積木みたいになっている。
「ちなみに、どうやってお造りになったんです?」
こわごわ訊いてみると、エカード先生は悲しそうに眉を下げた。
そして、持っていた鉄の棒をその場に置き、掌をかざす。目を閉じ、息をフッと吹くように気を送る。
すると、魔力が紫色の光となって鉄の棒にまとわりついた。やがて光がおさまる。
「エカード先生……?」
私は不安を込めて声をかける。
先生の手の下にはグネグネとした鉄の棒が。まるで柔らかい粘土をそのまま握っただけのものがそこにあった。
「……な?」
力なく笑うエカード先生。
「先生、これは本気でやったんですか?」
「失礼だな、君は」
そう言い返す先生の声音には覇気がない。
どうにもこの鉄の棒が先生の心をあらわしているようで哀れになる。
「ただ、これを鉄に戻すのは可能だ」
そう言って先生はさらに魔力をこめた。変形した鉄の棒が真四角のインゴットになる。
「さらにここから鉄鉱石に戻すのも可能だ」
「先生って、器用なのか不器用なのかわからない人ですね」
生成したものを素材に戻すことができるなんて、見たことも聞いたこともないのよ。
「はぁ……薬の生成は天才的で効能もばっちりで、錬金術の腕は一流。でも道具の作成となるとどうしてこう……へんてこになっちゃうんでしょう」
「それで言葉を選んだつもりか」
そう言うエカード先生の声はやっぱり覇気がない。
うーん。もしかすると先生って、イメージはできても絵が描けないのと同じように、
「まぁ錬金術師はただ淡々と魔石やそこらへんにある材料で素材を作っていけばいい。創造なんて不要な能力だ」
負け惜しみのように言ってるし。
「ともかく、カトリーナ、君にはこのガラクタをリメイクしてもらいたい。できるだけ多く作ってくれ」
エカード先生はさっさと話をまとめあげると、胸ポケットに挿していた金縁のメガネをかけて薬の生成を始めた。
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