第2章 自由を得るには金がいる

第6話 新生活スタート!

 エカード先生は居間に置いている箱のような寝台で眠る。私は先生がたまに使う工房アトリエのソファで眠ることになった。

 円柱形のアトリエは先生が一人で作ったという、ちょっと危なっかしいハシゴがかかった二階があり、第二の生活空間といった雰囲気。

 ごちゃごちゃとした無数の素材があり、床はゴミや薬のシミだらけ。道具も無造作にテーブルや床、木箱に置いてあり、整理整頓なんて言葉は無縁だと思える。

 でも! このごっちゃりとした空間がなぜだか楽しく、私にとってはパラダイスだった。

 本好きなトーマンはよく図書館に住みたいと言っていたけれど、私にとってはこのアトリエがそれだ。私はこのアトリエに住みたい!


 あぁ、だってこのハンマー、まるっこくてすっごくかわいいフォルムだもの。錆びついた斧も趣があっていいし、革手袋も頑丈でかっこいい。色をつけるための刷毛やローラーも見ているだけで癒やされるわ。あぁ、使いたい! 使ってみたい! これでいろんなものが作れちゃう気がする!

 お屋敷にはないものがたくさんあって、本当にここは宝箱みたい。

 また、別の作業台には先生が大量に作っている薬の瓶や、丸い瓶、細長い管などがある。これらはなんだか繊細だから手で触れてはいけない気がする。でもどれもモノづくり用の道具なのだと思えばすべてが愛おしいわ!


「カトリーナ、朝食ができた。起きてるか?」


 アトリエのドアからエカード先生の声がする。


「あ、はーい! 今行きます!」


 私は引き続き、先生の服を借りて簡単に支度した。

 シャツとズボンはぶかぶかだから、ベルトできつく締めておく。ブーツは先生のお古を、キレイに洗って使いやすくした。長い髪はちょっと邪魔だから、外の植物にえいっと魔力を込めて、簡単な組紐にして一つにまとめる。

 それからバケツで小川の水を汲み、適当に顔を洗って平屋に入った。


「おはようございます、エカードせん、せ……」


 勢いよく挨拶しようとしたのに、目の前にいる先生の姿に驚いて声が消えた。


「どうした、まだ寝ぼけてるのか?」


 無造作にくくっていたつやのない銀髪がしっかりと整えられている。伸び切っていたのに、ちゃんとうなじまで切っていて昔の長さに戻っている。

 顎の無精髭もきれいサッパリなくなっていて、目元もスッキリ。どことなく濁っていた紫色の瞳も曇ってない。

 身なりが整えられたからか、こころなしか服もきちんとシワが伸びているように見える。


「先生! もうずっとこのままでいてください!」

「え……? うん、まぁ確かに昨日までの僕はだらしなかったかもしれないけど」


 私がすがりつくように言うと、エカード先生は眉をひそめた。


「断然こっちのほうがいいです! これはモテますよ!」

「別に僕はモテんでいいんだが……だいたい、僕がモテたら君の居場所がなくなるぞ」

「それは御免被りますが! でも……! んもう! 先生ったら、ご自分の価値をもう少し把握してくださいよ!」


 そう、エカード先生は美少年だったのよ! キリッとしていて、それでいて儚げで繊細な美しさがあったの!

 年頃になればなるほど、その美しさに磨きがかかって、そこらの貴族の令息よりもかっこよかったんだから!

 目の保養にはうってつけだったのよ! 私、当時七歳だったけど!


 そんな私の感動を微塵も共感してくれないエカード先生は、怪訝そうにするばかり。


「もういいから、さっさとご飯食べて」


 そう言ってテーブルについて、お茶を淹れてくれる。

 テーブルにはパンと目玉焼き、穀物のスープ、焼いたソーセージがあった。


「これ、先生が作ったんですか?」

「そうだよ。君が普段食べているものとはぜんぜん違うだろうけど」

「いいえ、ご飯が食べられるだけで幸せです! いただきます!」


 思えば昨日から何も食べてなかったもんね。どんな食事もごちそうに見えて仕方がない。

 夢中で食べていると、先生は心配そうに私を見ていた。


「口に合うか?」

「えぇ! とっても! 先生が作ってくれたというだけで幸せな味がします」

「なんだよ、それ……ふふっ」


 先生は困ったように笑うと、その顔を隠すようにお茶を飲んだ。


 ***


 食事を終えたあと、エカード先生が私の全身を見ながら腕を組んだ。


「君も自分の身なりを整えないとな」

「私ですか?」

「あぁ。服も靴もやっぱりぶかぶかだ。町で揃えたいが……あいにく手持ちがない」

「そういうのはゆっくり揃えればいいですけど。それよりも自分の道具がほしいです」

「君のその職人魂は目を見張るものがあるが、一旦落ち着いてくれ」


 私の勢いに圧されるようにエカード先生は引いた顔つきになる。

 そんな彼に私はもう少し押してみる。


「私はこういう服装、好きですよ。それにドレスだといかにもお嬢様って感じで、すぐにバレちゃいます。私は家出した身ですので、忍んで生きねばならないのです」

「えっ……うーん、そうかぁ。確かに、僕も面倒ごとは御免だ。あぁ、そうか」


 エカード先生は難しい顔つきになり、ブツブツとつぶやき始めた。


「これからのことを考えると、カトリーナがライデンシャフト伯爵家令嬢だと触れ回るのはまずい。僕が今まで売ってきた薬のことも学術研究所にバレかねない。それはまずいな」

「えーっと、先生?」


 声をかけるも、先生は思考の海に潜っていて聞いてない。

 私は椅子にもたれて天井の木目を眺めた。


「確かにカトリーナが令嬢っぽい格好をしていたらまずい。わかった。しかし僕の服を貸すのはどうにも気が引ける……道具があれば自分で服も作れるようになるのか?」


 唐突に訊かれ、私は数えていた木目から目を離した。


「あ、そうかもしれません! 裁縫はからきしダメですが」

「自信満々に言うなよ……まぁ、昨日作っていたあの武器もデザインが良かったし、少し覚えれば服も作成できるかもな。よし、わかった」


 なんだか解決したのか、先生はそう言うと立ち上がって平屋を出ていった。

 私もついていく。


「おい、部屋で待ってろよ……まぁいいや」

「ふふふ! 昔みたいで懐かしいですねー」

「そうだな」


 エカード先生はぶっきらぼうに言うと、アトリエに入っていった。

 そしてテーブルや床を調べる。


「あれ? どこにやったかな……ハンマー」

「ハンマーならここです!」


 私はソファの横に置いてあったかわいい丸いハンマーを指差す。


「あぁ、それだ。うん、じゃあこれをやろう。一時的な君の道具として」

「え!? いいんですか!?」

「あぁ。一時的だがな。君専用の道具は、金ができたらすぐに揃える」

「えー! これがいいですよぅ! とってもかわいいもの!」


 さっそくハンマーを持ち上げようとする。

 あれ? 思ったより重くて持ち上がらない。


「うーん……」

「ほら、だから一時的だって。ちょっと待って、軽量の魔法かける」


 エカード先生は仕方なさそうに言い、私の横にしゃがむと、ハンマーに手をかざした。

 水色の光がハンマーを包み、すぐに光が消える。


「持ってみろ」

「はい……あ、軽い!」

「うん。でもこれは永続的な魔法じゃないから。効き目が切れると重くなるから気をつけるように」

「わかりました!」


 えへへー。自分専用のハンマーだ!

 これでいろんなものを作ってみたいなぁ。


 そう思いを馳せていると、エカード先生はアトリエを出ていった。


「カトリーナ。薬草と素材を集めに行くからついてきて」

「あ、はい!」


 さっそく何か作らせてくれるのかな。

 そんな期待をこめて、先生の後ろをひな鳥みたいについていった。

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