第6話 迷子のミライ
ワタルの通うOSSは中央塔の中程にあり、構造としてはスペースポートとほぼ同じドーナツ型になっている。ただ位置的にはスペースポートの方が商業地区バルジに近く、OSSは地上に近い場所にあった。
どういう経緯でミライが迷子になり、そしてスペースポートの迷子センターに辿り着いたのかワタルには想像もつかなかったが、とにかく今はミライを迎えにいくことが先決だ。
外の景色を見る余裕もなくエレベータの慣性力による体の重たさを感じながら、ワタルはミライの謎について考えていた。
(そもそも、ミライは何者なんだろう。ホログラム・アバターという未知の研究の被験者で、自分自身を「最重要機密」とか言っていたわりには行動が無謀すぎる気がする……。僕以外の誰かに姿を見せることは危険なんじゃないのかな……。それにそんな重要な研究の被験者が僕と歳の変わらない女の子だなんて。もしかすると病気とか、普通に生活できない事情があるとか……そういう感じなのかな……)
冷静に考えると、益々ミライという存在が分からなくなっていく。ワタルが考えることは全部想像に過ぎなかった。けれど、考えれば考えるほどミライという存在が儚く感じるのだった。
ミライが話すこと全てが真実とは限らない。本当にミライがホログラム・アバターなのかどうかさえ、ワタルには断定できなかった。ワタルがミライに対して感じるのは違和感だった。側にいると感じる不確かさ。そう、不確かなのだ。そう言い表すのが一番近い気がする。
ミライに会ったら、何を話そう。昨日はただ「可愛らしい女の子だな」という純粋な気持ちだけだったけれど、一日置いてみると疑問が湧き出して、さらに深い興味にかられる。想像がどんどん膨らみ、ワタルはミライのことを知りたいと強く思うようになっていた。
物思いに耽るワタルを乗せたエレベーターの中で、「スペースポート・オルマに到着いたします」というさりげないアナウンスが流れる。ワタルははっと我に返り、エレベーターの扉に近づいた。
やがてエレベーターは滑らかな動きを止め、軽やかな音とともに扉が開く。ワタルは乗り込もうとする人々の間を縫うように逆流すると、足早にスペースポートの迷子センターへと向かった。
スペースポート・オルマは、木の年輪のように三層に別れている。一番外側にあるエレベーターを降りてすぐの場所はチェックインカウンターと軌道エレベーターについて学ぶことができる展示・体験スペースとなっていて、一般の観光客もここまでは立ち入ることができた。
軌道エレベーターで宇宙に旅立つ旅行者は、このチェックインカウンターで受付を済ませて
中心に一番近い三層目には発着ポートがある。東側には行きの
ワタルは、エレベーターを降りてすぐに電子案内板を確認しに行く。迷子センターの場所をチェックすると小走りになりながらそこへ向かった。
無機質で曲線的な内装のスペースポートの中で、色鮮やかな迷子センターはかなり目立っていた。レモンイエローの壁には時折可愛らしい動物のキャラクターが現れ、まるで生きているかのように壁の中を行ったり来たりしている。ワタルは人生で初めてその場所へ足を踏み入れた。
迷子センターに入ってすぐの場所にはあたたかな木目のカウンターがあって、穏やかな笑顔を浮かべた優しげな中年の女性が立っていた。真っ白な肌と淡い金髪、そしてブルーアイ。モンゴロイドの自分とは全く違うコーカソイドの女性だ。ワタルの姿を見とめると共用語で「こんにちは」と声をかけてくる。
「こんにちは。あの……」
少し言いにくそうに言葉を濁すワタルに対して何を勘違いしたのか、おばさんはカウンターから出てきて近くに並んでいるソファにワタルを座らせた。
「誰かとはぐれてしまったの? アナウンスを流しましょうか」
どうやらワタルを迷子だと思っているらしい。ワタルは目をぱちくりさせて苦笑した。14歳になってもまだまだ成長途中なワタルは、年齢よりも幾分幼く見えたが、まさか自分が迷子だと思われてしまうとは。
「いえ、僕は迷子じゃありません。あの、ここにミライっていう女の子来ていませんか?」
優しそうな瞳を見開いて女性はワタルを見つめ、「あら、ごめんなさいね。ミライちゃんね! いるわよ。あなたはミライちゃんのお兄さんかしら?」と立ち上がりワタルをじっくりと観察した。
「え?」
ワタルは「お兄さん」というワードに引っかかりを覚えて首を傾げていたが、女性はワタルの聡明そうな佇まいに安心したのか、「少し待っててね」と言い残してカウンターの奥へと消えていく。
しばらくして、女性とともに現れたのは7、8歳くらいの小さな女の子だった。女の子はワタルが来ることを予想していたかのように目を輝かせながらも、「迷子になってごめんなさい」と頭を下げた。
ワタルは事態が飲み込めずに口を開けたままポカンとしてしまう。
「良かったわね、ミライちゃん。お兄さんが来てくれて! さ、ここにサインしてくれるかしら?」
ワタルは女性が差し出して来た画面にハッとすると、指で画面に自分の名前を書いていく。
「ワタルくん。今度からは妹さんの手を離さないようにね」
画面に書かれたサインを見て女性はワタルにそう声をかけると、「Good afternoon!」と流暢な英語で挨拶を送ってきた。見事なウィンク付きで。
ワタルは言われた通りミライ……と思しき女の子の紅葉のような手を握ってから、生真面目に「さようなら」と挨拶を返して頭を下げる。
頭の中はひどく混乱していたが、ひとまずここから出て静かな場所に行こうと思った。
「ワタルさん、手間取らせてごめんなさい。直接OSSに行っても良かったんですが、今日は前より長く留まれそうだったので、エレベーターに乗ってみたくて。でも私ったら降りる場所を間違えてしまったんです……」
「うん。それは良いんだ。……ビックリしたけど。でも、あのさ。なんで子供の姿なの?」
ミライはワタルと手を繋いで歩くのが嬉しいらしく、にこにこして手を握り返して来たが、ワタルの疑問の言葉にふと足を止めた。
「昨日戻ってから色々と修正や検討を行ったんです。そうしたら、質量はなるべく小さい方が長く滞在できるらしいという結果が出て。今日は実験的に子供の形態をとっています。そうしたらスペースポートの係員さんに迷子だと思われてしまって。いえ、実際迷子になりかけていたんですけど」
「質量……か。君のことについて色々聞きたいけれど、聞いたらまずいんだろうな」
「そうですね。聞かないでいてくれると助かります」
子供の姿なのに妙に大人びた雰囲気と話し方をするミライに、ワタルは困ったように肩をすくめる。
「僕と一緒にいることは問題にならないの?」
「ええ。それに関しては問題ありません」
「そうなんだ。今日は後どれくらいいられる?」
ミライは手を繋いだ反対側の腕にはめてある、細い銀色の腕輪を目の前に持ってきて、何かを確認するように目を瞬かせる。少し考えてから、「後2時間くらいでしょうか」と自信なさそうにそう答えた。
「予想できない感じ?」
「この形態は初めてなので」
ワタルもまた少し考え込んでから、小さなミライを見下ろした。自分にもし妹がいたらこんな感じなんだろうか、と柄にもなく心があたたまっていくのを感じながら。握り合う手のひらは柔らかく優しく、懐かしかった。
そうだ。懐かしい。
ワタルは急に記憶がフラッシュバックするのを感じた。まだ自分が今のミライくらいの年齢の時、やはりスペースポートで迷子になった。
母はその日、研究のため長い宇宙滞在へと向かうことになっていて、ワタルはそれが悲しくて見送りの途中に人混みに紛れた。多くの人々が母の宇宙への旅に期待して集まっていたから、自分は必要ない、とまで思ったのだ。
一人で泣きながらあてもなく歩いていたら、大声でワタルの声を呼ぶ母が現れた。母はワタルを見つけると、力の限り抱きしめて来た。
そうして、ワタルは母と手を繋いで、スペースポートへと戻ったのだった。
その時の手のぬくもりが、ミライの手のぬくもりと重なって感じる。
「ワタルさん?」
突然ミライに名前を呼ばれ、ワタルははっと現実に戻った。「ごめん、考え事してた」と謝ると、ミライは大人びた表情で微笑む。まるで全てを見透かす様な、そんな笑顔だった。
「どこか行ってみたい場所、ある? でも、人目につく場所はまずいのかな」
「私は、人の印象に残りにくい性質なんです。忘れ去られてしまいやすい、そういう作りになっているので、人が多くても少なくても大丈夫ですよ。……実はワタルさん、私ワタルさんと行ってみたい場所がいくつかあって」
「僕と行ってみたい場所?」
「ええ。バルジでデートしたいです」
ワタルはミライの言葉を反芻してその存在について再び考えていたから、「デート」という言葉に反応するのがかなり遅くなってしまった。
「……え? で、デート?」
「はい。デートしましょう」
花がほころぶような笑顔は、幼くても昨日見たミライそのままだな、と思いながら、ワタルは別の所で「ミライの儚さ」について考えていた。
人の記憶に残りにくいホログラム・アバターという存在がなぜ開発されているのか。その技術は何故、何の為に必要なのか。ワタルはまだ、知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます