第2話
話は数か月前に遡る。ガルバとフィルは、その日も帝都のトランスフレィナ地区にある酒場で管を巻いていた。〝ブラッドムーン〟という縁起でもない名前のわりに味は確かで、いつも人だかりが出来るほど人気のある場所だったが、その日は、彼らの周囲の席だけがぽっかりと空席になっていた。
「あーあー、全く、気分が悪りいなこの店は」
ガルバが飲みかけのカップを放り投げると、やっとのことで賑わいを取り戻しかけていた店内が、また静寂で包み込まれた。ガルバの態度を注意した客数人が、酷い目にあわされ店を出て行ったのは、まだ小一時間ほど前のことだ。
「これじゃまるで腫物扱いだ、悲しいよ僕は」
フィルは手招きした。カップが転がった先に、二階から降りてきたばかりの給仕が居て、更に運が悪いことに、それは年頃の女性だったのだ。
だが、こんなことはこの地区では慣れっこだ。
軍団を退団させられた若い男が帝都へ戻り、仕事にあぶれ、ありとあらゆるところに因縁を付けて回るってのは珍しいことではない。そして、そういう人間はだいたいトランスフィレナ地区に集まるとも相場が決まっている。
しかし、問題は、退団させられたのが普通の若者ではなく、帝国に所属する魔術師だったというところだ。しかもそこそこ有能で、人間性は、他の魔術師にちょっと劣るくらい。
「おい、女、こっちに来て酒つげよ」
ガルバはフィルに合わせ、女給仕に声を掛けた。いかにも優男風のフィルと違い、ガルバは危険な香りのする男だ。当然給仕はおびえて、その場から動けないでいた。もちろん店主は見て見ぬふりだ。だが店主を責めることなどできるものか。
はっきりいって、彼らが根城とする帝都のトランスフィレナ地区では、もはや彼らを持て余していた。地区を担当している警備隊も、自棄になった魔術師と衝突することは極力避けたいらしい、彼らが入りびたる区画のパトロールを、あらゆる理由をつけて避けていた。
こうなると正義と良心しか、うら若き給仕を救うことはできない。そして、この街には正義など存在しない。いや、それは言い過ぎだったわ。
「いい加減にしろよ、お前ら! 魔術師だからって調子に乗りやがって!」
正義を抱いた青年が一人、店の扉を開け放つと同時に、怒鳴り声を上げた。
「今日という今日は、許さねえぞ!」
青年の後ろには、屈強な男たち、そして杖を持った魔術師が数人、列をなしていた。トランスフィレナ地区は労働者や、こういったならず者が集まりやすい場所ではあるが、そうであるがゆえに、一種の自浄作用のようなものが働きやすいのだ。
ようやく、この地区に光が差した。それを見た客たちは安堵の表情を浮かべ、さっきまでだんまりを決め込んでいた店主は、突然口を開いた。
「頼むから、やるなら外でやってくれよお!」
店主が十数年にもわたる軍属で金を貯め、ようやくこの店を開いたのは、まだたった一年前のことだった。魔術師同士の喧嘩で店を破壊されるわけにはいかなかった。
一方のガルバとフィルは、新しいおもちゃを見つけ、お互いに笑みを浮かべていた。最近は喧嘩を吹っ掛けられることも少なくなって、二人ともすっかり退屈していたからだ。
「いいぜ、外で決着をつけよう」
「警備隊の目のつかないところがいいな」
「望むところだ、この帝国のゴミども、二度とこの地区を歩けなくしてやるぜ」
しかし、最後は正義が勝利するのだ。それは誰しもが知っている、この街のルールだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます