第13話 あの子が書いた物語
夜。
ハルの部屋には、いつもと変わらぬ静けさがあった。
机の上には、投稿を終えたばかりの物語のコピーと、ミオが描いてくれたイラスト入りの表紙。
少し開いた窓から春の夜風が吹き込み、カーテンがふわりと揺れている。
「ハル、今日はもう寝るの?」
ピピがデスクの上で光を落としながら尋ねてきた。
「ううん、もうちょっとだけ……見てみたい。」
「“誰かの物語”、だよね?」
ハルはこくりと頷いた。
物語を“公開する側”になった今、ハルの心の中には、ふとした興味が芽生えていた。
(他の人は、どんなふうに“好き”を表現してるんだろう?
同じように悩んだり、勇気を出したりして、書いてるのかな?)
ピピが操作してくれた投稿サイトの中で、ハルはいくつかの作品を開いてみた。
表示されたのは、短い物語。
「たったの三ページ分の掌編です」と書かれた、素朴なタイトル。
《雨の日の約束》
その文字を見たとき、なぜか心が引っかかった。
何の変哲もないタイトルなのに、ハルは自然と指を止めていた。
ページを開くと、そこには、シンプルで素直な文章が並んでいた。
雨の日の放課後、
きみは校門の前で、ずっとぼくを待っていてくれた。
長靴の中がぬれてるって、気にしてなかったよね。
それよりも、ぼくが来るかどうかの方を、ずっと気にしてた。
あの日の帰り道は、
いつもより、ずっと短かった気がした。
今でも、
雨が降ると、その日のきみを思い出す。
――あのとき、ちゃんと「ありがとう」って言えばよかった。
……文字は、少し不揃いだった。
句読点の使い方も、ときどき戸惑っているように見えた。
でも、それなのに。
ハルの心は、ページをめくるたびに静かに震えていた。
(なんでだろう……。うまくなくても、すごく、伝わってくる……)
言葉が足りなくても、かえってその分、気持ちがにじみ出てくる。
誰かの記憶と、後悔と、優しさが、そのまま紙の上に残っているようだった。
「ハル、手……震えてるよ?」
ピピの声に気づき、自分の手を見下ろす。
たしかに、ページをめくる指先が、少しだけふるえていた。
「……この人、きっと、ぼくと同じくらいの子だと思う。」
「なんでわかるの?」
「言葉の選び方が、なんか“背伸びしてない”から。
うまく言おうとするより、“伝えたい”って気持ちが先にある感じ。
ぼく、なんか……この人に会って、話してみたいって思った。」
ピピはしばらく静かにしていた。
そして、穏やかな声で言った。
「それが、きっと“共鳴”ってやつだよ。
作品が“上手かどうか”じゃなくて、読んだ人の心が“うごく”こと。」
「共鳴……」
「ハルの物語も、誰かに“そう”届いてるといいね。」
ハルは画面をそっと閉じた。
心の中が、しんと静かになって、でもどこかじんわりと温かい。
自分だけじゃなかった。
この世界には、“だれかに伝えたくて”、
“勇気を出して、ページを開いた”誰かが、たくさんいる。
そして、その物語が、たしかにハルの胸を打ったように――
自分の描いた世界も、どこかで、誰かに届いているかもしれない。
「……ピピ、ぼく、もっと物語が書きたくなってきた。」
「それは、すごくうれしい“副作用”だね。」
二人の声が、夜の静けさの中にふわりと溶けていった。
窓の外では、やさしい春の雨が、音もなく降り始めていた。
次回予告:
第14話「物語をはじめよう」
刺激を受けたハルは、ミオに「いっしょに、新しい物語を描こう」と声をかける。
“自分の中の世界”と、“誰かと描く世界”。
ふたりのアイデアが少しずつ形になって、そこにユウキも加わりはじめて――
「創作ユニット・ふしぎな放課後文庫」、ここに誕生!
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