第18話
即座にこちらの殺気に気付いた魔獣個体は、急激に動きを止めて私に飛びかかってきた。
あまりの速度感に私は対応が追いつかず、咄嗟に腕を前に出して身を守る。
「ガルルルル!!!」
噛みつかれそうになった腕を硬化させると、勘付いたらしい魔獣は身を翻して私をギリギリで通り過ぎた。
「なら……っ!」
それならば、と私は走る足を止めずに馬車へと突っ切る。
この状況だ、はっきり言って討伐は難しいだろう。
かと言って馬車で逃げられるわけもない。
中に誰がいるのかは分からないが、少なくとも護衛が居ないのは確認済みだ。
なのでその場で、私は馬車を硬化と肉体強化を利用した手刀で破壊した。
「なっ……子供!?」
人の声、女性だろうか。まあ今は気にしない。
次に尻尾を伸ばし、硬化させて振り回すことで辺りの木々を倒すことで魔獣と狼の群れを分断。
「行けっ……!!」
中に居た人影を抱え上げて白馬に跨り、白い森を抜ける為に駆け出す。
魔獣から少し距離を取り、抱えていた女性を前に座らせる。
そうしてから馬車に乗っていた女性のことをしっかりと確認した。
柔らかく波打つ銀の髪、少し乱れた前髪からのぞく切れ長の瞳はひどく冷たい印象を受ける。
軽装の騎士を思わせる衣装だが、その装飾は“貴族”のそれ。
外見からして年齢は、14歳か、それくらいだろう。
だが彼女は、そんな美しい容姿がどうでもよくなる程の問題を抱えていた。
「手錠?」
「お、おい、君は一体……!」
助けてくれた相手にその口調ですか、そうですか。
まあなんだっていい。
私がこの女性を助けたのは私の自己満足でしかないし、この人は手錠で繋がれてるからそこまで暴れないだろうし。
ただまあ、手錠で繋がれた女の子そのままにもできないんだよね……。
私は女性の手錠を素手で握り潰し、破壊した。
「……っ!!?」
「振り落とされないように、馬に捕まってて」
また尻尾を伸ばしてそこら中の木々を倒して、後ろから追ってくる魔獣を妨害する。
「この状況は、何なんだ……!?」
「お姉さん、公爵家の人だよね。捕まって何してるの?」
「…………」
あら、黙っちゃったし。
まあ何でもいい、静かにしてくれるならそれでも構わない。
それより、問題は後ろのこいつ。
って、あれ……居ない?
……諦めた、訳じゃないだろう。
気配はない。
後ろを確認しても姿は見えず。
まさか…………撒いた?
そんな訳は無いだろう。
回り込まれてると考えた方がいい。
もしくは、そこまでこちらに固執してなかったか……。
今回は直接害を与えたわけでもないし、そういう可能性はあるかもしれない。
なんにせよ、今は交戦せずに済むならその方が良い。
さてと、ここからどうしようかな。
正直言って助け出したら後はなんでも良かったんだけど、これは…………。
『タルト』
『おっ、と……? シャル? どうかしたの』
『話しかけるタイミング悪いと思って、さっきの見てたの』
『あ〜……なるほど? なにかあった?』
『その女の子、ヴェルディノスの本家じゃないよ』
「……」
というと、どういう事だろう?
『本家と分家があるってこと?』
『と言うより、妾の子』
『あー……。なんで知ってるの?』
『ウチの学校に、お忍びでその子の弟が居るの。悪いけどちょっと身元確認を諸々したんだよね』
うわ、シャルロットも性格悪いなぁ。
『この子の弟ってことは、そっちにいるのは大公爵の息子?』
『そ、ちゃんとした血筋のね。そっちで何があったのかまでは分からないけど、少なくともその子が“処分”されかけてるのは間違いないと思う。多分だけど、後継ぎの問題じゃない?』
処分、ね。これは少し厄介な存在を助けてしまったかも知れない。
とりあえず私が関わるべきじゃなかったのは確かだけど、こうなった以上はどうにかするしかない。
『どうするべきかな』
『一端、何処かに避難させるべきでしょ。その魔獣のことはこっちでも調べてみるから』
『分かった。今度……ジルロード見に行くついでに、預けられるか確認してみる』
『あぁ、それいいかも。あそこの奴隷として置いとけばジルが守れるし』
つまり彼に押し付けるってことになるけど、まあ今更女の子一人追加されたくらいは問題ないよね。
『ところで、その本体とは一向に思念リンクできないんだけど』
『私もずっとそうだってば。だから今度確認行ってみる』
十中八九厄介事に巻き込まれてるだろうから、そっちでも戦闘準備くらいはしておかないだよねぇ。
その前にこの子から話聴いて、何処か落ち着けるところに置いておく必要があるんだけど。
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