第17話

 あれが魔獣………かな。


 私の知っている魔獣は異形の姿をした大きな獣人だったけど……。本体の記憶にあるものとは随分と様子が違う。

 それに、奴らは群れで行動している。


「魔獣は中央の一体だけ、かな。突然変異してるあの狼……」


 あとは普通の四足獣だ。

 一体だけ、おそらくはボスの様な個体。

 足が六本あり、いつぞやの魔獣と同様に巨大な体躯を持っているようだ。


 共に行動する狼たちは恐らく、恐怖やそれに近い心情から群れているのだろう。

 ならば駆除するのはあのボス個体だけでいい。


「となると、まずは分断するところから──っっ!!?」


 独り言のように呟いたその一瞬。

 強烈な殺気を感じて、とっさに身を引いて木陰に隠れた。


 この遠さでバレた?

 まさか、こっちは視覚を強化してやっと視認できる程度だというのに。

 距離にしたら一キロメートルはゆうに有るだろう。


 おそらくは完全にバレてるというより、気配に気づかれた程度。

 どちらにせよ驚異的な感覚、索敵能力と言わざるを得ない。


 今よりも距離を縮めたら、隠れることも難しいと思っておこう。


「……ってことは作戦変更か。ちょっと練り直さないと今の準備じゃ厳しそうかな」


 そもそも今回は一体の魔獣と戦うことを想定しつつも、偵察を前提として出向いただけ。


 相手の索敵範囲といい、群れ行動といい、流石にちょっと想定外が多かった。


 ただ、その姿の全容を見れただけ今回はよしとしておこう。


 白い森の状態も把握したし、ある程度地形も頭に入れた。

 罠を張ることも視野に入れてよさそうだ。


「……ん?」


 突然、群れが一斉に動いた。

 ここからは死角になるから、偵察を続けるなら移動を余儀なくされるが……。


 さて、どうしようか。

 ここで切り上げるても特に問題はないが、彼らが何故動き出したのかは少し気になるところではある。


 数体が群れから外れる、といった小さいながらも組織的な動きを複数回確認している中で、突然一斉に動いたとなると何かしらの要因はまず間違いなくあるわけで……。


 ───!! ──!


「……?」


 これ、は……?

 人の声、だろうか。


 って……まさかっ……!

 どこの馬鹿だっ!


 私は身体変性を使って、肉体を完全な“山猫”の姿に変身させ、最速で白い森を駆け出した。


 もし人間が群れに襲われているのだとしても、別に見捨てたって支障はない。

 だって誰も私が見捨てたなんて気付かないだろうし、シャルロットもジルロードもその記憶を覗いたところで合理的な判断だと認める。


 ただそれはあくまで結果論、その現場を直接居合わせた訳じゃない者が出す結論だ。


 あの二人だって、もしこの場に居たとしたら咄嗟の判断で必死に足を動かすことだろう。


 これは私の、と言うより本体ジルロードの持っている潜在的な良心による行動だ。

 …………多分、きっとそうだろう。

 こんな行動が咄嗟に出てしまうのは合理的じゃないから。


 準備できてないと頭でわかってる状態で、逃げ切れるかも分からない相手の目の前に出るなんて馬鹿のやることだ。


 だから…………どこの馬鹿がこの森に入ったのか確認しないと。


「──見つけたっ!」


 あれ、は…………馬車!!!?


 こんな場所には似合わない派手な装飾が施された荷車を引く大きな白馬。

 必死に逃げようとはしているがあまりにも速度が違う。

 群れの中でも、六本足の狼魔獣は頭抜けて速い。


 そして目に入ったのは荷車と馬の鎧、そのどちらにもグリフォンの紋章が掲げられている。

 あの紋章は、ここヴェルノスの統治者であるヴェルディノス公爵家のものだ。


 いわるる王として立つ者は大公爵グランデュークと呼ばれるこの国は、公爵家が国を治めている。


 つまりアレは実質的に王家の“誰か”が公的に乗っているであろう馬車なのだ。


 私は運命なんて信じるタチじゃないけど、この巡り合わせばっかりは本体ジルロードの縁が影響していると思わざるを得ない。


 そもそも今だって彼は伯爵家のお嬢様に気に入られて奴隷やってるんだし、分身のシャルロットは未だ幼なじみのエステリーゼと共に行動してる訳だし。


 ……ここでよりによって私まで高位の貴族と関わりをもつ羽目になるなんて。

 一度行動した以上、相手の立場が高いからといって踵を返す気も起きない。


 私は獣人の外見に戻りながら、魔獣との戦闘用に作っておいた剣を腰から引き抜く。


 必死に逃げる馬車と、それを追う狼の魔獣。


 そして私は、狼魔獣とその群れに側面から襲いかかる。


 ──勝負は、できるだけ素早く決めるとしよう。


「はあぁっ……!!」

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