第6話

「──ん、シャル。部屋にいたのか」


 自室に戻った俺は、そんな問いをベッドの上で白髪の少女に投げかけた。

 彼女は「これでアナタもゴブリンシャーマン!魔術応用」というタイトルの本をぱたりと閉じ、小さなため息をつく。どっから持ってきたんだその本。


「……さっきの話、何のつもり?」


 シャルロットは俺の魔力ドッペル、もう一人の自分だ。

 その一方で、俺とは完全に別人格と言える。


 同じ記憶を持っているせいか精神年齢は同じくらいだし、思考回路も似てる……か?


 それはそうと。

 さっきの話というと、俺がジアイザと話していたエステルの妹のことだろうか。五感の共有ができるので、ラジオ代わりに話を聞いてたりしたのかも知れない。


「別になんのつもりもないよ。ただ思ったこと言ってただけ」


「ジアイザに小言を言われるのは分かってた筈。あんな話をするのは不毛」


「ただの愚痴だよ。元々エステルのことで、不満は色々あるし……」


 軽い毒を吐いたわりに、彼女は目を閉じて口元に手を置くと、思考を巡らせる仕草を見せた。

 数秒の沈黙後、片目だけ明けて再度こちらに視線を向けてくる。


「ジアイザの言う通り、貴族なんかのゴタゴタに首を突っ込むべきじゃない」


「それは同感だけど。一回そういう話聞いちゃったら、気にもなるもんだろ?」


「私たちが気にするものではない。エステリーゼがどうにかしたいって言うなら、まだ知恵を貸すくらいはするかも知れないけど」


 行動をしてやるとは言わないんだな。

 まあ俺も手を貸すだけで、何か一緒にやろうなんて考えないだろうけど。


 とはいえ、やっぱ気になるもんは気になるんだよな……とか考えてると、やっぱりシャルが睨んできた。


「別に、首突っ込もうとは考えてないって。俺が気にしてんのは、今その“公爵家”に居ないであろうエステリーゼの妹のことだ。その子が貴族かどうか、なんて分からない、だろ?」


「そんなのはただの屁理屈」


「それも分かって言ってるんだよ」


 屁理屈だろうが理屈として押し通せるのであればそれで良い。

 そんな考えで話しているとらシャルロットは不意に俺の瞳をじっと覗き込んできた。


「……いっそ、探して来ようか?」


 おい。……こいつさぁ。


「止めとけよ。そりゃお前なら公爵家にバレはしないだろうけど……俺よりも母さんに似てるんだから、変に動くもんじゃない」


「ふん……」


 シャルのことはほとんど周りに知らせてない……というか俺が大した交流関係をもってないのか。


 その上シャルが普段活発に活動するのはエステリーゼ関連か、真夜中に訓練するか……それくらいだ。

 彼女は基本的に今みたいに本を読んでたり、睡眠をとっていたり。一応そのほとんどが俺の成長にも繋がるのだが……。

 こいつが寝ると何故か俺の睡眠欲も無くなるんだからな。

 昼間にこいつがぐっすり寝てしまうと、俺まで夜に寝れなくなるからそれだけは本当に止めてほしい。


「あ」


 不意にシャルが顔を上げる。俺も部屋の外からの足音に気づいた。

 シャルは俺の方に本を投げてぱたっとベッドに寝転がり、俺は投げられた本をキャッチして机に肘を付き、本を読んでるふりをした。


 この足音は──


「ジルロード! ちょっといいか!」


「……兄さん、その腕で暴れないでよ」


 勢いよくドアを開けたアインは、真剣な表情で息を荒げていた。


「で、なに?」


「魔獣が出たそうだ! 街で暴れてる!」


 本では何度も読んだが、実際には初めて言葉で耳にしたような気がする単語が飛び出てきた。

 流石に隠れていたシャルも、ベッドから顔を出した。


「魔獣って……父さんは?」


「外に出ていた公爵様をお守りするはずだ、だから俺たちも!」


「兄さんは寝てなよ……」


 俺と違って明確に魔獣と対峙したことがあるらしいアインは慌て気味にしているが、彼は今重傷だ。


「……エステリーゼがどうにかするでしょ」


 ベッドの上からシャルがそう言うと、アインが声色を強めた。


「あのなぁ! 騎士の息子たる者として」


「──兄さん、そういうの俺らはいいから」


 急に始まりそうだった説教を俺は途中で遮った。

 アインの言いたいことは大体わかるが、それに共感はすることはできない。

 だって俺は家継がないもん。


「……まぁ、魔獣は一目見といても良いかもね」


 一方で何を思ったのか、シャルは隠れていたベッドから起きると窓を開けた。


「止めとけってシャル」


「……なんで?」


「なんでも何も、俺たち真剣を握ったことすら無いんだぞ……。魔獣のところに行っても邪魔になるだけだからな」


 さっきのエステルの妹の会話からも何となく分かるけど……。

 シャルは多分、俺よりも遥かに自分から面倒に首を突っ込むタイプだ。


 そして実際、シャルもアインも不満顔でこちらを見ている。


 こいつらどっちも揃って、面倒に自分から突っ走るタイプなのか。


「……身の程を知れよ、多分十年は早いぞ」


「なら私たちは5年?」


「そんな単純計算な話じゃない」


「あぁ、二倍早くて二人だから二年半か」


「いや、だから……。はぁ……」


 ダメだ、こいつと一緒にいると疲れる。

 これだから普段は別行動してるんだ。


 さてどう説得しよう……と窓の外に目を向けたら突然、家屋が一つぽーんと飛び上がった。建物が、原形のまま。


「「……」」


「……あー……もう。分かったよ! 行きゃいいんだろ」


 だからその責めるような視線をこっちに向けるんじゃねえ。ほんっとさぁ、なんでこうなるんだよ面倒くさいなぁ……。


「やるのは民衆の救助、もしくはその魔獣とやらの足止めがメインだ。魔獣の相手はしない、わかったな?」


「……了解」


「頼んだぞジル! お前やればできるんだからな!」


 今回は仕方なしだ。人に強めの視線を向けられると俺の心は余裕が無くなるんだ。


 それはそうと、だ。

 木剣一本でどうにかできる物じゃない。


「アイン、剣借りるよ」


「ああ、もってけ!」


 そんな訳で二刀流のアインから、俺とシャルロットは一本ずつちゃんとした真剣を借りて町の方へと出向いた。


「で、作戦は?」


「?」


 俺の問いに、シャルは当然のような疑問顔で首を傾げた。

 いやまあ、期待してなかったから別にいいけど、お前何をしに「一目見よう」とか言ってたんだ。本当に見るだけのつもりだったとか言わねえよな。


 首傾げんなよ、走りながら。


 くっそ、見た目だけは年齢にそぐわないくらいクールなくせに。精神年齢俺と変わんねえだろうに。


「はぁ……。状況見ながら指示出すから、思念リンク切るなよ」


「了解」


 あ〜……魔獣かぁ。

 どんな奴なんだか。




 なんて考えていた俺はその後、事実は小説よりも奇なり、という言葉を心から思い知ることになった。

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